コルネリウス・ア・ラピデ
目次
本章の概要
ユダはエルとオナンをもうけるが、彼らは自然に反する悪徳と夫婦の行為における性交中断のゆえに神によって殺される。次に第十六節において、タマルはユダを欺いて身ごもり、ペレツとゼラを産む。
ウルガタ本文:創世記38章1-30節
1. その時、ユダは兄弟たちのもとを下り、ヒラというアドラム人のところに立ち寄った。2. 彼はそこでシュアという名のカナン人の男の娘を見、彼女を妻として娶り、彼女のもとに入った。3. 彼女は身ごもり男の子を産み、彼女はその名をエルと呼んだ。4. 再び身ごもって、彼女は産まれた子をオナンと名付けた。5. 彼女はまた第三の子を産み、その名をシェラと呼んだ。この子が生まれたとき、彼女はその後産まなくなった。6. そしてユダは長子エルにタマルという名の妻を与えた。7. しかしユダの長子エルは主の目の前に悪しき者であったので、主によって殺された。8. そこでユダはその子オナンに言った、「汝の兄の妻のもとに入り、彼女と一つとなれ。汝の兄のために子孫を起こすためである」と。9. 彼は、その子らが自分自身のものとはならないことを知っていたので、兄の妻のもとに入ったとき、兄の名によって子が生まれぬよう、自分の種を地に流した。10. それゆえ主は彼を打った。彼が忌むべきことをなしたからである。11. そこでユダはその嫁タマルに言った、「わが子シェラが成人するまで、汝の父の家にやもめのままでいよ」と。ユダは、この子もまた兄弟たちのように死ぬのではないかと恐れていたからである。彼女は立ち去り、父の家に住んだ。12. そして多くの日が過ぎた後、ユダの妻であったシュアの娘が死んだ。喪が明けて慰められた後、ユダは羊の毛を刈る者たちのところへ、彼の群れの牧者であるアドラム人ヒラとともに、ティムナへ上った。13. タマルに、舅が羊の毛を刈るためにティムナへ上ると告げる者があった。14. 彼女はやもめの衣服を脱ぎ、覆いを取り、服を着替えて、ティムナに通じる道の十字路に座った。シェラが成人していたのに、自分がその妻として与えられていないことを知っていたからである。15. ユダは彼女を見て、遊女であると思った。彼女は顔を覆って誰と知られないようにしていたからである。16. そして彼女のところへ行き、彼は言った、「汝と共に寝ることを許せ」と。彼は彼女が自分の嫁であるとは知らなかったのである。彼女は答えた、「汝が私と共にあることのために、汝は何を与えてくれるか」と。17. 彼は言った、「私は群れから子やぎを送ろう」と。彼女は再び言った、「汝が約束のものを送るまで、質を与えてくれるならば、汝の望むとおりにさせよう」と。18. ユダは言った、「質として何を与えるのを望むのか」と。彼女は答えた、「汝の印章と腕輪と、汝が手に持っている杖を」と。ただ一度の交わりで女は身ごもった。19. そして立ち去り、身にまとっていた衣を脱ぎ、やもめの衣服を着た。20. ユダは子やぎを彼の羊飼いのアドラム人を通して送り、女に与えた質を取り戻そうとしたが、彼女を見つけることができなかったとき、21. 彼はその場所の人々に尋ねた、「十字路に座っていた女はどこにいるか」と。皆は答えた、「この場所には遊女などいなかった」と。22. 彼はユダのもとに戻って言った、「私は彼女を見つけられませんでした。そのうえ、その場所の人々は、そこに遊女が座っていたことは一度もないと私に告げました」と。23. ユダは言った、「彼女にそれを保たせよ。確かに彼女は私たちを偽りで非難することはできない。私は約束した子やぎを送ったのに、汝は彼女を見つけられなかったのだから」と。24. そして見よ、三ヶ月が過ぎたとき、ユダに告げる者があった、「汝の嫁タマルが淫行をなし、その胎が膨らんでいるように見える」と。ユダは言った、「彼女を引き出して焼き殺させよ」と。25. 彼女が刑に引かれて行くとき、彼女は舅に使いをやって言った、「私はこれらのものの持ち主である男によって身ごもりました。この印章と腕輪と杖が誰のものであるかを見分けてください」と。26. 彼はその贈り物を見分けて言った、「彼女は私よりも義しい。私が彼女をわが子シェラに与えなかったからである」と。しかしその後、彼は彼女をもはや知ることはなかった。27. そして出産の時が近づいたとき、彼女の胎に双子がいることが現れた。そして出産のまさにそのとき、一人が手を差し出し、助産婦はその手に緋色の糸を結んで言った、28. 「これが先に出てくる」と。29. しかし彼が手を引き戻したとき、もう一人が出てきた。そして女は言った、「なぜ汝のために隔ての壁が破られたのか」。それゆえ彼女はその名をペレツと呼んだ。30. その後、兄弟が出てきた。その手には緋色の糸があった。そして彼女は彼をゼラと呼んだ。
第一節:その時
モーセは他の兄弟たちの系図ではなく、ユダの系図をここに記している。キリストがタマルを通してユダから生まれることになっていたからである。第二に、ユダヤ人が異邦人を蔑むことのないようにするためである。最も高貴な部族であったユダ族は、母タマルを通してカナン人の血筋を引いているからである。ゲンナディオスはそう述べている。
すなわちヨセフの十六年目、すなわち彼が売られてから間もなくして、ユダは妻を娶った。したがってユダはそのとき十九歳であった。というのも、彼はヨセフより三歳年上で、父ヤコブの八十八年目に生まれ、ヨセフは九十一年目に生まれたからである。これは第三十章で述べたとおりである。このことから、ユダの孫でタマルとペレツを通して生まれたヘツロンとハムルは、ヤコブがエジプトに下る前にはカナンで生まれ得なかったことになる。ヤコブがエジプトに下ったのはヨセフが売られてから二十三年後、すなわちヨセフの三十九年目のことだからである。むしろ彼らはヤコブがエジプトに下った後、彼がエジプトに住んでいた間に生まれたのである。アブレンシスはそう述べている。もっとも聖アウグスティヌスは第128問において反対の見解を持ち、ユダはヨセフが売られたのと同じ年ではなく、二、三年前に妻を娶ったと考えている。
しかし前者の見解の方が真実に近い。というのも、仮に聖アウグスティヌスに従って、エルがヨセフの売却の三年前にユダに生まれたとしても、エルは十六歳にならないうちにタマルを娶ることはできなかったはずであり、その後タマルはオナンと結婚し、それからシェラの成熟を数年待ち、最後にユダに身を売ってペレツを産んだのである。そしてペレツはヘツロンとハムルをもうけたとき少なくとも十六歳であった。これらすべてには二十三年や二十六年ではなく、少なくとも三十四年を要するのであって、その期間が終わる前に、ヤコブはすでに久しく――すなわち九年前に――カナンからエジプトに下っていたのである。
なぜならペレツが九歳のときにヘツロンをもうけたというユダヤ人の主張は、信じがたく不可能だからである。
第二節:彼は見た
2. 彼は見た――すなわち、彼は欲した。
シュア。これは娘の名ではなく、その父、すなわちユダの舅の名である。ヘブライ語から明らかなとおりである。
第三節:彼女はその名をエルと呼んだ
3. 彼女はその名をエルと呼んだ。ヘブライ語では動詞は男性形でvaiicra(ヴァイイクラ)、すなわち「そして彼は呼んだ」であり、呼んだのは父ユダである。しかし他の二人の息子については動詞は女性形でvatticra(ヴァッティクラ)、すなわち「そして彼女は呼んだ」であり、呼んだのは母、すなわちユダの妻である。このことから、長子エルには父が名を付け、その後に生まれた二人には母が名を付けたことが明らかである。同様にラケルもその末子をベノニと呼んだが、父はその名を変えてベンヤミンと呼んだのである。
第五節:彼女はその後産まなくなった
5. 彼女はその後産まなくなった。ヘブライ語ではvehaia biczib(ヴェハヤ・ビチジブ)であり、七十人訳、カルデア訳、ウァタブルスはこれを「彼女が彼を産んだとき、彼はケジブにあった」と訳し、ケジブがパレスチナの都市の固有名詞であるかのように解している。しかしより正確には、聖ヒエロニムスが『創世記問題集』において証言するとおり、我らの翻訳者〔ウルガタ〕はケシブを固有名詞としてではなく、普通名詞として解したのであり、その意味では「虚偽」または「停止」を意味する――すなわち、彼女は産むことの停止の中にあった、受胎と出産が彼女から失われた、彼女は産むことをやめた、という意味である。それゆえアクイラもまた「彼女の出産は止まった」と訳している。この後に続く言葉がこの意味を要求しており、この子が彼女の最後の子であったことを明らかに示している。
第七節:エルもまた悪しき者であった
7. エルもまた悪しき者であった。ユダヤ人もキリスト者も、エルもオナンも自然に反する悪徳と性交中断の罪を犯したという点で一致している。これは生殖と結婚の本性に反する罪であり、その種において子孫と受胎を滅ぼすものである。それゆえこの罪はユダヤ人によって殺人に比せられ、聖書によっては第十節において「忌むべきこと」と呼ばれている。ゆえにエルは聖アウグスティヌスが『ファウストゥス駁論』第二十二巻第四十八章で考えているように残酷さによって罪を犯したのではなく、情欲によって――すなわち夫婦の行為において中断し、自分の妻の自然の器の外に種を流すことによって――罪を犯したのである。彼は節度を欠いた情欲から、妻の美しさから、したがって自分の性的快楽から何かを損なうような子を産み育てることを避けるためにこれをなした。エルの兄弟オナンは同じ罪を犯したが、別の動機から、そしてより重くより犯罪的な動機から――すなわち妬みから――これをなした。結婚の行為を完遂すれば、自分ではなく兄のために息子をもうけることになるのを恐れたのである。見事にも、「エル」はヘブライ語において文字を入れ替えればra(ラ)、すなわち「悪しき、倒錯した」となる。父によってエル、すなわち「目覚めた者」と呼ばれた彼は、罪によってra、すなわち「倒錯した者」に変えられたのである。「オナン」はヘブライ語で「不義と悲しみ」を意味する。というのも、後者は前者に伴い、その後を追って離れないからである。ちょうど息子が母に従うのと同じである。
「そして彼は主によって殺された」。エルとオナンは共に、オナニーの罪のゆえに、一見するところ悪しき天使、すなわちアスモダイを通して神によって殺されたのである。アスモダイはトビト記3:7において、サラの情欲に溺れた夫たちを殺したからである。また、アブレンシスによれば、神は彼らに恐ろしい疫病を送って殺したのであり、彼らが自然死をしたのではなく、その不義の罰として神に取り去られたことは明らかであった。
告解師たちはこの放縦の徒に対する神の復讐、および夫婦の行為において中断する配偶者たちに対する神の復讐に注意し、その改悛者たちに強く印象づけるべきである。というのも、あれほど粗野で未開で放縦であったあの時代に、神がエルとオナンをあれほどまでに罰したのならば、福音の光と律法の下にあるこの時代において、自らを汚すキリスト者をいかに罰したもうであろうか。聖クリスティナ驚異の女は、この汚れの罪で世が満ち溢れていること、それゆえ神が全世界に最も重い疫病をもって脅かしていることを霊のうちに見、その厄を避けるために自らを驚くべき恐ろしい仕方と罰によって苦しめた。ジョアン・ベネディクトは『決疑集成』において、十戒の第六戒を論じつつ、コンラート・クリングからこの罪について注目すべきことを伝えている(信憑性については彼らに委ねる)。啓示によるのか経験によるのかは分からないが、キリストが生きた年数、すなわち三十三年間この汚れの罪に留まる者は治る見込みがなく、神の驚くべき稀で異常な恩寵が助けに来て彼らを回心させないかぎり、ほとんど救いの望みがないというのである。それゆえこの罪に陥った者は、本性が自らもっとも傾きやすく、一度それに染まれば後に脱ぎ捨てることができなくなる習慣を身につけることのないよう、直ちに悔い改めによってそこから立ち上がるよう心がけよ。さもなければ、自らを情欲の解き難い縄で縛り織り込み、それが彼を深淵へ引きずり込み、地獄の火に離れ難く縛り付けるのである。
第九節:子らが彼に生まれぬよう
9. 「子らが彼に生まれぬよう」。留意せよ。申命記25:5の律法以前には、子孫なくして死んだ兄弟の妻を兄弟が娶り、彼のために子孫を起こす、すなわちその名と家族が絶えぬように子をもうける、ということが族長たちの慣習であった。すなわち、彼が兄弟の妻からもうける長子は、自分自身の名ではなく兄弟の名のもとに数えられ、一方その後に生まれる他の子らは彼自身のものと数えられ、彼自身の名で呼ばれるのである。それゆえオナンによってもうけられるべき長子はエルの息子と呼ばれるべきであり、その他はオナンの息子と呼ばれるべきであった。しかし妬み深く不敬虔なオナンは、兄が輝くことのないよう、地に種を注いでこれを無駄にし、自分自身の灯火を消してしまったのである。
第二に留意せよ。ここに換喩(エナラゲー)がある。「子ら」とは、先に述べたとおり、一人の子、すなわち長子を意味し、もし彼が死ねば、長子の代わりに次男がその地位を継ぐのである。
第三に留意せよ。モーセ以前にもある種の法的慣習は用いられていた。子の養子縁組とこの種の要求はそのようなものであり、安息日の遵守、清い動物と汚れた動物の区別、割礼、およびその他のいくつかのものも、族長たちがモーセと律法の前に神の促しあるいは命令によって守っていたものである。
第十一節:やもめのままでいよ
11. 「やもめのままでいよ」。このことと第八節から、当時、ある家族に嫁いだ女はそれ以降その家族に束縛されたことが理解できる。すなわち、その夫が死ねば、彼女は死んだ兄弟のために子孫を起こす同じ家族の別の者と結婚することになるのであり、もしそのような者がいないか、あるいは名乗り出ない場合にはじめて、別の家族から夫を取ることができたのである。それゆえこの慣習から、タマルはユダの家族に身を結びつけ、そこから他の家族へ移ることはなかったのである。
「ユダは恐れていたからである」。ヘブライ語では「彼は言ったからである」であり、「わが第三の息子シェラをタマルに夫として与えまい」と補って理解される。この子もまた、タマルと結婚し彼女との結婚生活の中で死んだ二人の兄たちと同じく死ぬのを恐れたからである。このことから、ユダがこの口実と欺瞞によって、既に二度の結婚によって自分の家族に組み入れられていたタマルを、自分と自分の家族から遠ざけようとしたことが明らかである。ユダはその息子シェラがまだ若すぎると言い、こうして遅延を織り込んでタマルをかわしたのである。というのも、ユダはタマルがその罪のゆえか、あるいはその不運のゆえに、夫たちの死の原因、あるいは少なくとも機縁であることを恐れたからである。トビアの妻サラにも同様の疑いから、この同じことが咎められた。トビト記3:9を見よ。
タマルはユダのこの欺瞞を見抜いていた。というのは、彼女は神に祝福されたユダとアブラハムの血筋以外からは子孫を求めなかったからである。そして彼女は、自分に約束された夫シェラが、今や成長し成熟しているのに自分に与えられないのを見て、驚くべき策略によってユダの欺瞞を出し抜き、それをユダ自身の頭上に返したのである。
第十四節:彼女は覆いをとった
14. 「彼女は覆いをとった」――彼女は認められないよう外套に身を包んだ。スイダスによれば、theristrum(テリストルム)は夏の覆いであり、それが防ぐ夏と暑さを意味するギリシア語から名付けられたという。ヘブライの女たちはかつて(今日のイタリアの女たちがそうしているように)絹の外套または覆いで頭と全身を覆っていた。私がエゼキエル書16:40について説明したとおりである。そしてこれは一つには慎みのため、一つには装いのため(というのは、ここではtheristrumがやもめと喪の衣服と対比されているからである)、また一つには暑さを防ぐためであった。
「彼女は十字路に座った」。ヘブライ語では彼女はbepetach enaim(ベペタフ・エナイム)に座ったとあり、七十人訳はこれを「彼女はエナンの門に座った」と訳している。しかし留意せよ。ヘブライ人は十字路をpetach enaim(ペタフ・エナイム)、すなわち「開かれた所」、そしてカルデア訳が訳すように「二つの目の分かれ目」と呼ぶ。というのは、十字路において我々は目を二つの方向、すなわち二つの道の方向に向けるのが常だからである。こうして十字路に遊女が座るのは、両方向から通る者たちを狩り捕らえるためである。ゆえにタマルはユダを捕らえるために十字路に座ったのである。
第十六節:彼は彼女のもとに入った
16. 「彼は彼女のもとに入った」。ユダはここで単なる姦淫の罪を犯した。彼は自分の嫁であることを知らなかったし、ユダの妻は既に死んでいたからである。これは第十二節から明らかであり、したがってユダはやもめで自由の身であった。しかしタマルは姦淫の罪と、一種の姦通の罪をも犯した(というのは、彼女はユダの子シェラと婚約していたからである。これは第十一節から明らかである)。さらには近親相姦の罪をも犯した。舅であるユダと関係を持ったからである。それゆえフランシスコ・ゲオルギウスが第四部問題265において、タマルは奥義のためにこれをなしたので罪を犯していないと主張するのは誤りである。彼は問題267においてさらに重大な誤りを犯しており、ラビ・モーセスも『迷える者の導き』第三巻第五十章で同様に、モーセの律法以前には売春は禁じられておらず、それゆえ合法であったとしてユダとタマルの姦淫を弁護するが、これは誤りである。というのは、単なる姦淫は自然法に反する罪であり、それゆえいつの時代でも、モーセの律法以前においても、禁じられ非合法であったことは確かだからである。聖ヒエロニムス、聖アウグスティヌス(『ファウストゥス駁論』第二十二巻)、聖トマス、リラ、アブレンシスらが一般にそう教えている。
汝は言うであろう、聖ヨハネ・クリソストモスとテオドレトスはここでタマルとユダを弁護していると。我は答える。彼らはその行為そのものを弁護しているのではなく、タマルにおけるその行為の背後にある意図を弁護しているのである。タマルが意図したのは、ユダのような情欲ではなく、子孫であったからである。第二に、彼らはこの行為を、神の摂理、すなわち神の許しと秩序づけに帰する限りにおいて、ある程度弁護しているのである。というのも、神はこの罪、すなわちユダのこの姦淫を許したもうた。それはそこからペレツが生まれ、ペレツからキリストが生まれるためであった。したがって神はこれをキリストへ向けて秩序づけたまいしのである。
こうして聖アンブロシウスは、ヨセフが売られたことそれ自体は重大な罪であったにもかかわらず、それをキリストが売られることの予型としてなされたものとして高める。神はあらゆる罪と人間の悪を善なる目的へと秩序づけ導くすべを知り給う。それゆえ神は常に悪からも何らかの善を引き出したもうのである。
したがってラビ・シメオン・ヨハイが、ホセアが神の促しと命令によって遊女を娶り、その女から子らをもうけたゆえにそれらが淫行の子らと呼ばれているのと同様に、タマルもまたユダからメシアを身ごもるために神の促しによって淫行をなしたと言うのは、軽薄なことである。しかし聖書はホセアについてこれを明示的に述べているが、タマルについてはそのような事を何も述べていない。さらに、この遊女は神の命令によってホセアの妻となった。しかしタマルがユダの妻とならなかったことは確立されており、ユダは以後彼女から遠ざかったことは第二十六節から明らかである。
第十八節:そして杖
18. 「そして杖」――旅の杖であり、ヤコブが道中で用いたものと同じ種類のものである。第三十二章第十節を参照せよ。
第二十三節:彼女にそれを保たせよ
23. 「彼女にそれを保たせよ。確かに彼女は我らを偽りで非難することはできない」。ヘブライ語では、「彼女に自分のために(わが印章、腕輪、杖を)保たせよ。我らが辱められぬように。もし我らが彼女を捜し出し、我らのこれらの物を返すよう要求すれば、彼女はこれを悪く取り、わが姦淫を公にして、わが上に大いなる混乱と恥辱をもたらすであろう。特にわが印章を示すならばそうであろう。というのも、人々はわが軽薄さ、放縦さ、恥ずべき振る舞いを嘲笑うであろう――わが印章の指輪を遊女に与え、その女はこの指輪を所有し保持することによってわれをあれほどまでに欺いたがゆえに、わが名でどのような手紙でも偽造し、わが印章で封することができるではないか、と。また、もし我がその指輪を返すよう要求すれば、彼女はそれを保つために、我が取り決めの代価を支払わなかったと自慢するであろう。こうして彼女はわれを公然と詐欺と偽りで非難し、偽りながらも我を混乱させるであろう。というのも、我は約束した子やぎを彼女に送ったのだから」と補って理解される。というのも、これらすべてのことがヘブライ人のやり方で、このユダの簡潔な言葉の中に含意されており、補われなければならないからである。それゆえ我らの翻訳者は、ユダの言葉そのものよりもその意味と意図により注意を払い、明快にこう訳している――「確かに彼女は我らを偽りで非難することはできない。私は約束した子やぎを送ったのだ」と。
第二十四節:彼女を引き出して焼き殺させよ
24. 「彼女を引き出して焼き殺させよ」。——聖トマスは言う。ユダはこれを、あたかもタマルを公の裁判で告発しようとするかのように、また裁判官が彼女を火刑に処するよう促すかのように言ったのである。第二に、より蓋然的には、ユダはここで裁判官として振る舞い、自らタマルに対して火刑の判決を下しているのである。ゆえにそれは直ちに執行された。すなわち「彼女が刑場へ引き出されようとしていたとき」と続くのである。というのも、ユダは家長であり、かの古代の慣習に従って家族の裁判官であったからである。あるいはむしろ、ユダは兄弟たちの中で最も気概ある者として、父ヤコブによって、全家族——すなわち人数の多かった全ヘブライ人——に対する一種の長官として任じられていたのである。というのも、アブラハムの時代以来、彼らはカナン人の共同体とは区別された自らの共同体を有しており、その家長にして首長がヤコブであったからである。実に彼らは神に選ばれ、他の諸民族から分け隔てられた寄留者であり、ヨシュアの下でカナンに定住するまでは、いわば旅する共同体のごときものであった。それゆえユダは長官として、その嫁タマルが確実かつ公然たる姦淫の罪で火刑台に引き出されることを要求したのである。なぜなら彼女はユダの子シェラと婚約しており、そのうえでユダと交わりこの婚約を破ったのであるから、姦通の女であったからである。
このことから明らかなように、かの古代において姦淫の罰は死、しかも火による死であった。それと同様に、その後間もなく神はモーセを通じて姦淫する者たちを石打ちによって殺すよう命じられたのである(レビ記20:10)。同じく姦淫の女に対しては、その胎を破る呪いの水を定められた(民数記5:27)。エジプト人は姦淫する男を千打の杖で打ち、姦淫の女については永久の恥辱のためにその鼻を切り落とした。証人は『ディオドロス歴史全書』第一巻第六章のディオドロスである。
アラブ人、パルティア人、その他の諸民族の間では、姦淫する者たちに対する罰は常に死罪であった。これは多くの哲学者たちが伝えるところであり、彼らは姦淫を偽証よりもより重大な罪と判じていたのである。証人はアレクサンドロス・アブ・アレクサンドロ、第四巻第一章である。
クマエ人は姦淫の女を広場にさらして万人の嘲笑にかけ、次に驢馬に乗せて町全体を引き回し、生涯にわたって不名誉となるようにした。彼女は驢馬に乗ったことからasellaris(アセッラリス、驢馬乗り)と呼ばれたのである。証人はプルタルコスの『問題集』である。テネドスのテネス王は姦淫する者たちに対して法を定め、各々の身体を斧で切り裂くべしとし、自身の息子においてこの法の範を示した。プラトンは『法律』第九巻において、姦淫者を死刑に処することを定め、姦夫は夫によって咎なく殺されうると主張している。ソロンは姦夫を捕えた者がこれを殺すことを許可した。プルタルコスが『ソロン伝』において証しているとおりである。
姦淫する者たちに対して、ユリウス・カエサル、アウグストゥス、ティベリウス、ドミティアヌス、セウェルス、アウレリアヌスは厳しい刑罰を定めた。アウレリアヌスはある姦淫者のためにこの刑罰を考案した。すなわち二本の木の梢を曲げて彼の両足に結び、その後これを放つと、彼は左右に引き裂かれて吊り下がることとなるのである。証人はコエリウス、第十巻第六章である。
オピリウス・マクリヌスは姦淫する者たちを火によって焼いた。アレクサンドロス・アブ・アレクサンドロが上述のとおり証言している。
ザクセン人は、まだ異教徒であった頃、姦淫の女を自ら縊らせ、その焚き火の薪の上に姦夫をも吊るした。証人は聖ボニファチオで、マームズベリのウィリアム『英国民史』第一巻第六十四章に引用されている。
さらにムハンマドは、姦淫する者を百打の鞭で公然と打つべしと定めた。
ブラジル人は姦淫の女たちを殺すか、奴隷として売る。証人はオソリオ、『エマヌエル王事績』第二巻である。
注意せよ。ユダはここで怒りのあまり判決を早まっている。なぜなら彼はタマルを弁明も聴かずに断罪し、またタマルのみならず、その罪なき胎児をも断罪しているからである。というのも、彼はすでに三ヶ月の、霊魂の与えられた胎児を宿したタマルを焼き殺すよう命じたのであり、ゆえにその胎児を肉体と霊魂の両者において殺すことになり、これはすべての自然法および諸民族の法に反するのである。カエタヌスはかく言う。というのは、ある者たちはこれを次のように説明する。「彼女を引き出せ」とは、彼らの言によれば、すぐに火刑台へではなく、彼女が出産するまで牢に入れ、それから焼かれるためである、と。しかしこれは本文と十分に合致しない。本文は「彼女を引き出せ」と言い、投獄されるためではなく、「焼き殺されるために」と言っているからである。ゆえにタマルは直ちに火へと引き立てられた。モーセは直ちに付け加えて言う、「そして彼女が刑場へ引き出されようとしていたとき」と。しかもこの後、タマルは第二十七節においてはじめて出産するのである。
第二十六節:彼女は私よりも義しい
26. 「彼女は私よりも義しい」。——彼は「彼女は私より聖い」とも「より貞潔である」とも言わず、「より義しい」と言う。なぜならタマルはユダよりも重く罪を犯していたからである。すなわちユダは姦淫のみによって罪を犯したが、彼女は姦淫と姦通と近親相姦によって罪を犯したのである。それにもかかわらず彼女はより義しかった。すなわちより公平かつ正義にかなって、タマルはユダに対してユダが彼女に対して行ったよりも正しく振る舞ったのである。なぜならユダは彼女との約束や契約を守らず、シェラとの約束された結婚を拒んだからである。そしてこれによってユダに対するこの策略を考案するよう彼女を駆り立て挑発したのである。すなわち彼女がシェラから望んでいた子孫を、ユダが不当にそれを妨げたがゆえに、ユダ自身から要求することとなったのである。というのも、タマルはすでにユダとアブラハムの家に結ばれていて、そこから子孫を得ることを熱心に望んでおり、自分のシェラが彼女から拒まれたため、正当な願いを成し遂げるには、罪によってではあるものの、ユダ自身から巧妙に子孫を求めるほか道はなかったのである。それゆえタマルは神の前ではより罪深かったが、ユダの前ではより義しかったのである。
「私は彼女をシェラに与えなかったからである」。——次のように理解せよ。すなわち、彼女はこの一撃を私に加えるためにこれを行ったのである、と。
「それにもかかわらず、彼はもはや彼女を知らなかった」。——ゆえにタマルはそれ以後独身のままとどまり、ユダから得た子孫で満足していた、とテオドレトスは言う。またシェラは、父との近親相姦で汚れた彼女を妻とすることもできず、また望まなかった。むしろ別の女を娶ったのは、民数記26:19から明らかである。彼はその女から様々な息子たちを儲け、その中に、歴代誌上4:22に記されるように、太陽を静止させた者がいた。これについては同箇所を参照せよ。
第二十七節:姿が現れた
27. 「姿が現れた」。——産婆は胎に手を当てて、二人がその中で動いており、あたかもどちらが先に出てくるかを争っているかのように感じた。
第二十八節:これが先に出てくる
28. 「これが先に出てくる」。——ヘブライ語では「これが先に出た」とあり、あたかもこう言うがごとくである。すなわち、この子が長子である。なぜならこの子が先に手を出したからである。それゆえに私はこの子を緋色の糸、あるいは紐で縛り、印をつけよう。もし何らかの疑いや不確かさが生じても、この糸からこの子が先に手を出して長子であることが知られるためである、と。
第二十九節:彼が手を引き戻したとき
29. 「彼が手を引き戻したとき」。——聖ヨハネ・クリソストモスは、これらすべては神の配剤と取り計らいによって起こったことであると教える。すなわち神は、ゼラではなくペレツが先に生まれて長子となることを望まれたのである。なぜなら神はペレツから主キリストが生まれることを望まれていたからである。
「そして女は言った」——すなわち産婆が、欺かれたことに苛立ち、またこの激しい争いと突進が母や双子を害するのではないかと恐れて、こう言ったのである。
「なぜあなたのために壁が破られたのか」。——ヘブライ語では、「なぜあなたは自分自身に突破口を、すなわち壁を破り開いたのか」である。すなわち、なぜあなたは自分を覆っていた膜を破って、兄弟より先に出てきたのか、との意である。つまり、なぜ膜を破って先に出て、兄弟を出し抜いたのか、ということである。
というのも、双子は同じ後産の膜を共有するからである。フェルネリウスの『生理学』第七巻第十二章を聞け。「同じ性の双子は同じ後産に包まれており、単純な一枚の膜(彼らはこれを羊膜、すなわち仔羊の皮と呼ぶ)によってのみ隔てられている。しかし各々は自らの臍の緒と自らの静脈と動脈とを有する。だが異なる性の双子は、異なる後産の膜をも受け取っており、それらは完全に分かたれている」。同じことをロドリゴ・ア・カストロが『女性の本性について』第三巻第十三章で教えており、我らの医師たちもまた経験によってこれと同じことを見出したと言明している。
注意せよ。これらは、先に述べたように、ゼラが胎から出ることと長子権とがペレツによって奪われたことに心を痛めた産婆の言葉である。注意せよ。「壁」(maceria、マケリア)に対して、ヘブライ語ではペレツ、すなわち突破口、また(七十人訳が訳すように)破られる壁または垣を意味する。この壁とは、赤子が母の胎内においてあたかも壁のように囲まれ包まれている膜のことであり、これを破り抜けて彼は生まれ出るのである。この膜は後産(secundinae、セクンディナエ)と呼ばれる。なぜならそれは生まれ出る赤子に続いて胎から排出されるからである。それゆえにこの子はペレツ、すなわち分割あるいは分割する者、または破る者と呼ばれた。なぜなら、先に生まれるために、途中に立ちはだかる壁のごとき後産の膜を彼が最初に破り分かったからである。聖ヒエロニムスは言う。「ペレツから、すなわち彼が後産の小さな膜を分かったことから、彼は分割の名を受けた。ここからまた、義人のごとくに人々から自らを分け隔てていたファリサイ派の者たちも、ファリサイ派、すなわち分け隔てられた者たちと呼ばれたのである」。ここからまた、ベルシャツァルへのあの碑文、ダニエル書5:28の「メネ、テケル、ペレス」、すなわち「あなたの王国は数えられ、秤にかけられ、分かたれた」、そしてペルシア人とメディア人に与えられたとの文が生じた。聖ヒエロニムスはかく言う。
第二に注意せよ。ペレツはユダの長子とみなされ、長子の権利を保持した。ゆえにユダの家系はペレツを通じてたどられる。ダビデおよびすべての王たち、そしてユダに約束された主キリスト御自身(創世記49:10)も、ペレツを通じて彼から出たのである。
あなたは言うであろう。ユダの正嫡の子シェラはペレツより年長であった。なぜなら彼はエルとオナンの後に直ちに生まれたからである。それゆえ彼らが死んだとき、長子の権利は彼に受け継がれるべきであった。とりわけシェラは息子たちを残し、彼らの名は歴代誌上4:21に記されている。私は答える。エルはユダの長子であった。彼が死んだとき、オナン、次にシェラはその未亡人タマルを娶り、兄弟エルのために子を起こし、長子をエルの名のもとに、すなわちエルの子と呼んで算えるべきであった。これは私が第九節で述べたとおりである。しかしシェラがこれをしなかったのに対し、ユダはタマルからペレツを儲けることによってこれを行った。それゆえペレツは長子と算えられる。彼は長子エルの妻タマルの子であり、したがって長子エルの地位を継ぐこととなり、かの時代の慣習と律法に従って長子となるのである。この理由によって、ゼラに先立つペレツの生成と誕生が、ここに詳細に語られているのである。なぜなら、もしゼラがペレツより先に生まれていたならば、彼がユダの長子となっていたはずだからである。ゆえに彼は胎内においてペレツと先に生まれんと争ったのである。
ここにまた、なぜタマルがシェラからの子孫をかくも熱心に求め、それを拒まれてユダからの子孫を求めたのかの理由が見られる。すなわち彼女は、自分自身から、ユダの最も高貴な家系の長子にして相続人かつ君主が生まれることを望んだからである。というのも、死んだ兄弟のために子を起こす律法は、兄弟たちのみに命じ義務を課したのであって、父たちにではなく、嫁と父、すなわち舅との結合は禁じられていたからである。しかしそれにもかかわらず、もし父が、子なく未亡人となった嫁に対し、律法によって彼女に与えられるべき子、すなわち自分の息子を拒むならば、彼女はそれゆえに自らの権利を、罪によってではあるものの、父すなわち舅から要求し、タマルがここでなしたように行うのである。その場合、彼女から最初に生まれた子が長子と算えられる。なぜなら法的擬制と解釈によって、父がそれをなしたとみなされ、本来なら生存する息子を通じてなすべき、嫁と死んだ長子とに負っている権利を、自身を通じて果たしたとみなされるからである。というのも、「何人かが他者を通じて行うことは、自身を通じて行ったとみなされる」という法の格言が成り立つからである。まして他者を通じて行うべき義務を自身を通じて行うならば、彼が実際にそれをなしたとみなされねばならない。ある者たちは付け加える。シェラの系統はその子孫において絶えたように見える、なぜなら他所でそれについての言及はないからである、と。しかしペレツの系統はキリストに至るまで続いた。それゆえシェラの系統が絶えたとき、長子権はあらゆる権利によって最も近い系統としてペレツの系統に移ったのである。しかしこれは不確かであり、また満足のいくものでもない。というのも、まさに最初から、シェラの系統がなお存続していたときから、ペレツから二代目のアムミナダブ(ペレツがヘツロンを生み、彼がラムを生み、彼がアムミナダブを生み、その子がナフションであった)は、民数記1:7から明らかなとおり、その長子としてユダ族の君主であったからである。
第三十節:ゼラ
30. 「ゼラ」。——「ゼラ」はヘブライ語で昇ることと同じ意味である。なぜならこの子は最初に手を差し伸べていたのであるから、当然先に昇って生まれるはずであったからである。聖ヒエロニムスは言う。彼は「ゼラ」、すなわち昇る者と呼ばれたが、それは彼が先に現れたからか、あるいは歴代誌上2章以下に明らかなように、多くの義人たちが彼から生まれたからである。
寓意的には、先に手を差し出したゼラはユダヤ人を表す。彼らは最初に律法を受けたが、緋色の糸で縛られた手を引き戻した。なぜなら彼らはキリストの血で汚れたその良心を、神と救いから背けたからである。ゆえにペレツが彼に優先された。すなわち異邦人が先に信仰の光に至り、神に対して生まれ、キリストの血によって神と人との間の敵意の壁を打ち破ったのである。ルペルトゥスとキュリロスはかく言う。しかし逆に、聖ヨハネ・クリソストモス、聖エイレナイオス、テオドレトスは、ゼラを異邦人のキリスト者を表し、ペレツをユダヤ人を表すものと解している。
道徳的省察:高貴さの起源について
道徳的には、ここに最も高貴な家系の起源とはいかなるものであり、高貴さとは実に何であるかを見よ。見よ、ユダとタマルのこの近親相姦から、ダビデ、ソロモン、およびユダのすべての王たち、そして主キリスト御自身が出たのである。すなわち主はユダからペレツとタマルを通じて出られた。というのも、ユダの正嫡の子らはすべて、エルとオナンのごとく子孫を持たなかったか、あるいは歴代誌上4:21から明らかなようにシェラのごとく少なく、平凡な子孫しか持たなかったからである。同じく、いかなる王あるいは君主といえども、二千年を遡って先祖を辿れば、その中に多くの庶子、多くの粗野な者たちや靴職人、あるいはさらに卑しい者たちを見出さないはずがない。それどころか、ごく多くの者たちが最も卑しい素性から王位に引き上げられたのである。このようにサウルは驢馬から、ダビデは羊から王位に昇った。エフタは盗賊から君主となり、アルサケスは盗賊からパルティア人の王となり、ギュゲスは羊飼いからリュディア人の王となった。ダレイオス・ヒュスタスピスはキュロスの矢筒持ちであった。皇帝ヴァレンティニアヌス一世の父は縄を作る者であった。タメルランは牛飼いからタタール人の王となった。シラクサの僭主アガトクレスの父は陶工であった。トゥルス・ホスティリウスは羊飼いからローマ人の王となった。アウレリアヌスとディオクレティアヌスは卑しい素性から出た。マクシミヌスは羊飼いであった。マクシムス・プッピエヌスの父は鍛冶屋であった。皇帝ユスティヌス一世は、最初は豚飼い、次に牛飼い、次に大工、次に兵士、そこから皇帝となった。イスラム教とクルアーンの創始者ムハンマドは駱駝使いであった。トルコ人の最初の君主オスマンは農夫の両親から生まれ、その子孫は今なおトルコ人の皇帝である。エジプトのスルタンたちは、その国と王国の制度により、この栄誉に昇るためには、まず奴隷でなければならなかった。要するに、すべての高貴さには卑しい始まりがあった。そして先祖の高貴さを誇る者たちは、自らのではなく他人の徳を誇っているのである。ゆえにこれは虚しい。
イピクラテスは、卑しい生まれを非難する者に対して当然こう言った。「我が家系は我より始まり、汝の家系は汝にて終わる」。プルタルコスが『アポフテグマタ(名言集)』で述べるとおりである。キケロも、彼を妬む者たちに対して同じ答えを与えた。彼は言った、「我は己の徳をもって、我が先祖たちを照らした」と。