コルネリウス・ア・ラピデ

創世記 第三十七章


目次


本章の概要

ヨセフは自らの夢を語る。兄弟たちは彼を妬み、彼を殺さんと謀るが、ルベンが彼を救い出す。そして第二十六節において、ユダの勧めにより、彼らはヨセフをミデヤン人に売り、ミデヤン人はエジプトにおいて彼をポティファルに売るのである。


ウルガタ本文:創世記37章1-36節

1. さてヤコブは、その父が寄留せしカナンの地に住めり。2. これはヤコブの歴代の記なり。ヨセフ十六歳のとき、なお少年にして、兄弟たちとともに羊の群を飼いおれり。彼は父の妻ビルハとジルパの子らとともにありき。しかして彼は兄弟たちの甚だ重き罪を父に告げたり。3. イスラエルはヨセフをそのすべての子らよりまさりて愛せり。彼を老いて生みたるゆえなり。しかしてヨセフに色とりどりの長服を作りたり。4. されど兄弟たちは、父が彼をすべての子にまさりて愛するを見て彼を憎み、彼に和らかに語ることあたわざりき。5. しかして彼が見たる夢を兄弟たちに語りしことあり、これはさらに大いなる憎しみの種子となれり。6. 彼は彼らに言えり、「我が見し夢を聞け。7. 我ら畑にて麦の束を結びおりしに、見よ、我が束起ちて立ち、汝らの束はこれを取り巻きて我が束を拝したり」と。8. 兄弟たち答えて言えり、「汝はまことに我らの王とならんとするか、または我らは汝の支配に服さんとするか」と。かかる夢と言葉の原因は、妬みと憎しみの燃料となれり。9. 彼はまた他の夢を見て、それを兄弟たちに語りて言えり、「我は夢のうちに、あたかも太陽と月と十一の星とが我を拝するを見たり」と。10. これを父と兄弟たちに告げしとき、父は彼を叱りて言えり、「汝が見たるこの夢は何の意か。我と汝の母と汝の兄弟たちとが地上にて汝を拝すべきか」と。11. さればその兄弟たちは彼を妬めり。しかれど父は黙してこのことを心に留めたり。12. その兄弟たちシケムにて父の群を飼いおりしとき、13. イスラエルは彼に言えり、「汝の兄弟たちはシケムにて羊を飼いおり。来たれ、我は汝を彼らのもとに遣わさん」と。彼答えて、14. 「我ここにあり」と言えば、彼に言えり、「行きて、汝の兄弟たちと家畜とすべて恙なきや否やを見、我に告げよ」と。彼はヘブロンの谷より遣わされてシケムに至れり。15. ひとりの人、彼が野に迷えるを見出だし、何を求むるやと問えり。16. 彼答えて、「我は我が兄弟たちを求む。彼らがいずこにて群を飼うかを我に告げよ」と言えり。17. その人彼に言えり、「彼らはこの地を去れり。我は彼らが『ドタンへ行かん』と言うを聞けり」と。ヨセフは兄弟たちを追いて行き、ドタンにて彼らを見出だせり。18. 彼らは遠くより彼を見て、彼が近づかざる先に、彼を殺さんと謀れり。19. かくて互いに言えり、「見よ、夢見る者来たる。20. いざ来たれ、彼を殺し、古き穴に投げ入れん。しかしてわれら言わん、『悪しき獣これを食らえり』と。さらばその夢が彼にいかなる益をなすかを見るべし」と。21. ルベンこれを聞き、彼を彼らの手より救わんと力めて言えり、22. 「彼の命を取ることなかれ、彼の血を流すことなかれ。されど彼を荒野のこの穴に投げ入れ、汝らの手を無垢に保て」と。彼がかく言いしは、彼を彼らの手より救い、その父に返さんと欲せしゆえなり。23. ヨセフその兄弟たちのもとに至りしとき、彼らは彼より色とりどりの長き長服を剝ぎ取り、24. 彼を古き穴に投げ入れたり。穴に水なかりき。25. 彼らパンを食さんとして座せしとき、イシュマエル人の旅人たちがギレアドより来たり、その駱駝が香料と乳香と没薬とをエジプトへ運び行くを見たり。26. ユダその兄弟たちに言えり、「我らが兄弟を殺し、その血を隠すとも、いかなる益あらんや。27. 彼を手にかけず、イシュマエル人に売るこそまされり。彼は我らの兄弟、我らの骨肉なればなり」と。兄弟たちは彼の言葉に同意せり。28. ミデヤン人の商人らが通り過ぎしとき、彼らはヨセフを穴より引き上げ、イシュマエル人に銀二十枚にて売り、彼らは彼をエジプトへ連れ行けり。

29. ルベン穴に戻りしに、少年の見えざるを知り、30. 衣を裂きて兄弟たちのもとに至りて言えり、「少年は見えず、我はいずこへ行かん」と。31. 彼らヨセフの長服を取り、殺したる子山羊の血に浸し、32. 人を遣わしてこれを父に持ち行かしめ、「我ら之を見出だせり。これ汝の子の長服なるや否やを見よ」と言わしめたり。33. 父これを認めて言えり、「これ我が子の長服なり。悪しき獣これを食らえり、獣ヨセフを食らいつくせり」と。34. 彼は衣を裂き、粗布を身にまとい、久しく彼の子を悼めり。35. その子らみな集まりて父の悲しみを慰めんとすれども、彼は慰めを受けずして言えり、「我は悼みつつ我が子のもとに陰府へ下らん」と。彼が泣きつづけおる間に、36. ミデヤン人らはヨセフをエジプトにて、ファラオの宦官、兵士たちの長ポティファルに売りたり。


第二節:十六歳のヨセフ、兄弟たちを告発する

2. これはヤコブの歴代の記なり——すなわち、「以後われはヤコブの子孫、彼らの運命、出来事、業績を、とりわけヨセフのことを語らん。前章においてエサウのためになせしごとく」と言うがごとし。なぜならここにおいて、最も無垢にして最も貞潔、最も忍耐強きヨセフの物語が始まるからである。聖アンブロシウス『ヨセフについて』を見よ。

ヨセフ十六歳のとき——ヘブライ本、カルデア訳、七十人訳、およびヨセフスは十七歳としている。すなわちヨセフは満十六年を終え、十七年目に入っていたのである。ゆえにフィロンは言う、「彼は約十七歳なりき」と。ゆえにヘブライ文にはかく読まれる、「ヨセフは十七年の子なりき」と。というのは、ヘブライ語 ben、すなわち「子」は、そのものの始まりと、いわばその構築を意味し、語根 banah、すなわち「彼は建てたり」に由来するからである。これは出エジプト記2:5より明らかである。あたかも「ヨセフは十七年目よりなおも建てつつあり、あるいは十七年目を過ごしおれり」と言うがごとし。

これらのことはゆえに、母ラケルの死とベンヤミンの誕生より少し後、すなわち同じ年または次の年、ヤコブが百七歳、すなわち世界創造の紀元二二一六年の年に、ヨセフに起こったのである。心に留めよ。ヨセフはこの十六歳より三十歳に至るまで、まる十三年の間、厳しく悲惨な奴隷の身を耐え忍んだ。しかれど三十歳にて統治の座に挙げられ、そこにおいてエジプトの大臣として幸福にして栄光ある生涯を八十年にわたり、死に至るまで送った。彼は百十歳で死んだからである。かくしてヨセフは、苦難を受け、また復活したまえるキリストの明白な予型であった。聖ヨハネ・クリソストモス、説教六十一以下、および聖アンブロシウス『ヨセフについて』を見よ。アンブロシウスは言う、「アブラハムにおいては信仰の倦まざる献身を、イサクにおいては誠実なる心の純潔を、ヤコブにおいては労苦の忍耐を、ヨセフにおいては貞潔の鑑を学べ」と。さらに加えて、憎しみ、迫害、中傷、奴隷の身、牢獄などを耐え忍ぶにおける忍耐と堅忍の鑑をも学べ。

なお少年にして——年齢においても、また振る舞いと無垢においても。

彼は父の妻ビルハとジルパの子らとともにありき——ヤコブはその群を二つに分け、一方をレアの六人の子らに飼わせ、他方を侍女ビルハとジルパの子らに委ね、彼らにヨセフを加えたようである。これらの者はヨセフが自分たちに優先されることをたやすく耐えたが、レアの子らはこれを耐えなかったからである。というのは、ラケルとレアの間に競争があったように、その子らの間にもまた競争があった。レアの子らは、ラケルが死に、しかも年長の母より生まれた年長の子らとして、長子の権利が自分たちにこそ帰すべきだと考えたのである。とりわけラケルが死んだ後はなおさらである。

しかして彼は告発したり——ヘブライ本、カルデア訳、アクイラ、シュンマコス、テオドティオン、いずれもかく読む。しかるに七十人訳のローマ版には katenengkan、すなわち「彼らが告発せり」、すなわち兄弟たちがヨセフ自身を告発せりと読み、テオドレトス、聖ヨハネ・クリソストモス、ディオドロス、聖キュリロスもかく読む。しかれど katenengken、すなわち「彼が告発せり」と訂正すべきである。というのは、七十人訳の王室版はかく読み、ヘブライ本文とまた物語の筋道自身がこれを要求するからである。

心に留めよ。ヨセフは無垢にして聖であったゆえ、自然の理そのものが定める兄弟的訓戒の順序を守った。すなわち、ある者の罪を上位の者に告げる前に、まず隣人を密かに戒めるべきであるということである。ヨセフはゆえにまず兄弟たちを戒めた。しかれど自らの戒めが彼らに軽んじられるのを見た時、彼らのことを父に告げたのである。かくアブレンシスは言う。

その兄弟たち——とりわけビルハとジルパの子らを指す、と聖キュリロスは言う。彼らとともに暮らし、羊を飼っていたからである。

甚だ重き罪——自然に反する罪、すなわちソドミーの罪、とルペルトゥスは解する。あるいは、彼らが飼いおりし羊たちとの獣姦の罪、と聖トマス、アブレンシス、そしてビクトルのフーゴは解する。この罪は恥ずべき、恐るべき、かつ悪名高いものであるゆえに、モーセはここに名を挙げることを欲しなかったのである。というのは、これはその甚だしき悪ゆえに、口に出されるべきではなく、沈黙のうちに押し込められるべき罪だからである。ヘブライ本は dibba raa、すなわち「悪しき評判」または「悪しき悪名」を有する。ここからして、ヨセフの兄弟たちのこの罪は、言うべからず、悪名高く、公然のものであったと見受けられる。

他の者たち、たとえばペレリウスは、「甚だ重き罪」を争いと相互の憎しみと解し、また他の者たちは、父が年下のヨセフを自分たちに優先したことに対する父への不平と解する。しかれどこれらは dibba、すなわち悪名、悪名高いもの、汚らわしいもの、言うべきでないものではない。ある種のユダヤ人らは、ヨセフがただルベン一人をそのビルハとの近親相姦のみに関して告発したと考える。しかれどこれは、ここに述べられることと矛盾する。すなわち彼は一人の兄弟ではなく兄弟たちを、いわば彼らのうちの複数を告発したと記されているからである。かくアブレンシスは言う。


第三節:色とりどりの長服

3. 彼を老いて生みたるゆえなり——ヘブライ文には「彼が老年の子なりしゆえに」とあり、すなわち老いの慎み、思慮、振る舞いを備えた子であったからこそ、とテオドレトス、ヨセフス、およびブルゲンシスは言う。ゆえにカルデア訳はかく訳す、「彼がその賢き子なりしゆえに」と。しかれど我らの訳者(ウルガタ)はよりよく、より的確に「彼を老いて生みたるゆえなり」と訳している。というのは、ヤコブはその奴隷奉公の第二の七年の間に、ベンヤミンただ一人を除いてヨセフも含むすべての子らを生んだけれども、ヨセフはベンヤミンを除きてすべての子らのうち最後かつ最年少であり、このヨセフの十六歳の年において、ベンヤミンはなおわずか一歳の幼児にすぎなかったからである。ヨセフはゆえに「老年の子」と呼ばれる。しかしこれは絶対的ではなく、ヤコブの他の子らとの関係においてである。彼らは皆ヨセフの前に生まれたゆえ、彼らとの比較においてヨセフは「老年の子」、すなわち最後に、父の生殖の最後の時期において生まれた者なのである。

フィロンはその著『アブラハムについて』においてかく述べる。親たちは老年に生まれた子らを、他の子らよりもいっそう愛するのを常とする。なぜなら、かかる子らは親たちの最後の実りであり、それ以後に他の子を望まないからである。第二に、かかる子らは親たちの健やかにして力強き老年の徴だからである。フィロンを聞け。「親たちは遅くに生まれし子らをより熱烈に愛する。あるいは長く待ち望まれし子なるゆえに、あるいは衰えたる自然がその後いかなる子をも望まざるゆえに、あるいは老年において生むに足る力あることを大いに喜ぶゆえに」と。さらに付け加えよ。ヨセフは父と祖父に似ていた。というのは、ヤコブが不妊なるリベカより生まれ、イサクが不妊なるサラより生まれたように、ヨセフも不妊なるラケルと年老いたヤコブより出て来たのである、とルペルトゥスは言う。カエタヌスはさらに付け加えて言う。かかる子らはより長く生きる見込みがあるがゆえに、親たちの名と記憶を保ちうる、と。

この愛の原因に加えて、もう一つの、しかも主たる原因があった。すなわちヨセフにおける生涯と振る舞いの無垢である。かく聖ヨハネ・クリソストモスは説教六十一において言う。さらにこれに対して、父の老いたる年齢と愛情は、自然的にも少なからず寄与した。なぜなら老いたる者は冷たき性質を持ち、成熟し、賢く、貞潔で、整えられているゆえに、かかる子らを生み、また同様に育てるからである。明白な例は、高名なアニティウス家(後にフランジパーニ家と呼ばれた家)にある。この家はある老女(anus)より起源と名を得た。というのは、この家の親にして創立者であるアニティウスは、老いた母、すなわち老女より生まれたゆえにかくは名づけられたのである。なぜならこの家族は、聖パウリヌス・ノラ司教、聖ベネディクトゥス、聖スコラスティカ、聖プラキドゥス、セウェリヌス・ボエティウス、聖シルヴィア、聖大グレゴリウス、聖トマス・アクィナス、その他貞潔、知恵、あらゆる徳において傑出した多くの者を世に送り出したからである。これはフランチェスコ・ザッツェラがパンヴィニを典拠として、その論考『アニティウス家について』において教えるところである。しかれど彼はさらに、ある者たちはアニティウス家を起源と名においてギリシア的であり、いわば anikios、すなわち「不敗の」と呼ばれたと考える、と付け加えている。はるかに明らかなる例は祝せられたる童貞女にある。というのは、神は彼女が老いて聖なる親、アンナとヨアキムより生まれ育てられるよう、ふさわしく定めたもうたからである。というのは、神は彼女を謙遜の第一人者、童貞の輝き、知恵と聖性の太陽たらしめ、天使、ケルビム、セラフィムの上に高く挙げることを定めたまいしゆえである。

しかしてヨセフに色とりどりの長服を作りたり——ヘブライ語では passim、すなわち、さまざまな色の布切れと糸より変化に富ませた、の意である。七十人訳もしかり。というのは、trimitos が三糸、すなわち三本の糸の衣であるごとく、polymitos は多糸、すなわち多くの糸の衣である。アクイラは「踝に至る」と訳し、シュンマコスは「袖あるもの」と訳す。

象徴的には、この色とりどりの長服は徳の多彩さである、とルペルトゥスは言う。「ゆえに彼に色とりどりの長服を作りたるは理に適う。これによりて彼は、彼がさまざまなる徳の衣によりて兄弟たちに優先さるべきことを示さんとしたのである」と聖アンブロシウスは言う。またフィロンはその著『ヨセフについて、あるいは政治家について』において言うように、この色とりどりの長衣は君主の多面的な思慮である。というのは、ヨセフのようになった君主は、多彩でなければならぬ。平時と戦時、敵に対するときと友に対するときなど、それぞれの場合に別様にあらねばならぬゆえ、polytropos(変幻自在)でなければならない。ホメロスはオデュッセウスがまさにこのような者であったと歌う。彼は物事と人物の性質に応じて、あらゆる形と姿に自身を転じ、変幻させうる者であったのである。

しかれど聖グレゴリウスは『モラリア』第一巻最終章において、アクイラとともにこの長服を踝に至るものと解し、かく言う。踝に至る衣とは忍耐である。これは踝に至るまで、すなわち生の終わりに至るまで延び続くものなのだ、と。

ここに心に留めよ。兄弟たちのヨセフに対する憎しみと妬みの原因は、第一に、ヨセフが父によっていっそう愛されたこと、第二に、彼が父の前に彼らの罪を告発したこと、第三に、ヨセフの夢、第四に、彼の色とりどりの長服が絶えず兄弟たちの目に映ったことである。というのは、この長服は兄弟たちにとって目の痛みであり、ヨセフと父にとって高くついたものだったからである。なぜなら、これによりて兄弟たちは彼を剝ぎ取り、彼の死を謀り、ついに彼をイシュマエル人に売ったのだからである。

親たちはこの例より学ぶべきである。子らを等しく愛し、着せ、教育し、その賜物と財とを可能なかぎり等しく分かつことを。さもなくば、一人を他の者に優先するならば、かの者は気落ちし、この者は高ぶり、かくして彼らの間に絶えざる妬みと争いを招き、その結果として自らにも絶えざる悲しみと嘆きをもたらすからである。というのは、兄弟と友人の間の憎しみは最も激しくあるを常とする。その原因をアリストテレスは『政治学』第七巻第七章において述べる。一つは、すべての変化は対立から対立へ進むものであるから、最高の愛が最高の憎しみに転ずるからであり、もう一つは、兄弟または友より加えられた害はいっそう苦く見えるからである。というのは、恩恵が自らに負わされるべきだと考えた者たちから、ただそれを奪われるのみならず、さらに害をも受けると感じるゆえ、人々はこれを苦しく思うからである。


第四節:兄弟たちの憎しみ——妬みについて

4. 彼らは彼を憎めり——これは妬みについての名だたる道徳的箇所である。ゆえにここに妬みの特徴とその治療法とを心に留めよ。第一に、妬みは眼炎に似ている。それは甚だ輝き光るものに傷つけられ、害されるのである。かくのごとく、妬みは他人の善、徳、栄光に苛まれ、衰え行く。ゆえにアリストテレスは、「妬みとは何ぞや」と問われて答えた、「それは幸運なる者の敵対者なり」と。第二に、徳と栄光が増すほど、妬みもまた増し加わる。ゆえにテミストクレスは若き時、いまだ名高い業をなしていないことを嘆いて言うのを常とした、「なぜなら、まだ誰も我を妬まざるゆえに」と。第三に、妬みは自らのほか誰をも害せず。というのは、錆が鉄を蝕むがごとく、妬みは妬む者を消耗させ食い尽くす。そしてあたかも蝮が生まれんがために母の胎を噛み破ると言われるように、妬みは妬む者の心を噛み、裂き破るからである。ゆえにホラティウスは言う、「シチリアの僭主たちも妬みよりまさる拷問を発明せざりき」と。

妬みの姿と形を見んと欲するや。オウィディウスは『変身物語』第二巻において妬みをかく適切に描き出す、「顔には青白さ座し、身体全体に痩せあり。まなざしは決して真直ならず、歯は錆に青ざめ、胸は胆汁にて緑に染まり、舌は毒に浸されたり。笑いはなし、ただ他人の苦しみがもたらす笑いのほか。目覚ましき不安に駆り立てられ、眠りをも享けず。されど人々の喜ばしからざる成功を見、見るによりて衰え行き、他人を引き裂きつつ自らも引き裂かれ、おのが身こそ自らへの罰なり」と。

ゆえにアナカルシスは、妬みは魂の鋸なりと言った。またソクラテスは、それは魂の潰瘍なりと言った。またエウアゴラスは、妬む者はほかの人々よりも不幸であり、二倍も惨めなりと判じた。なぜなら他の者は自らの悪のみによって苦しめられるが、妬む者はさらに他人の善によっても苦しめられるゆえである。第四に、妬みはしばしば妬まれた者をより名高く、より幸福にする。かくしてヨセフの兄弟たちは、妬みのゆえに彼を売ったことにより、かえって彼がエジプトにおいて高く挙げられる原因となったのである。第五に、聖グレゴリウスは『モラリア』第五巻において、ヤコブの手紙5章の「妬みは小さき者を殺す」という語句について、妬む者は心狭く、器量小さく、卑しく卑賤な気質の者であると教える。というのは、他の者を妬むによりて、彼は自らが彼らより劣り、また低き者であることを示し、自らの小ささと貧しさを露わにするからである。なぜなら彼が妬むそのものを、彼自身は持たず、しかも切に欲するからである。第六に、妬みはまた身体をも蝕み、食い尽くす。ゆえに賢者は箴言14章にかく言う、「肉の生命は心の健やかさ、妬みは骨の腐れなり」と。

聖アンブロシウス『ヨセフについて』第二章を聞け。「兄弟たちの愛が子のために獲得さるることは、子のためにさらに多く獲得さるることなり。これぞ親たちのより輝かしき恵み、これぞ子らのより豊かなる遺産なり。同じき自然が結び合わせたる子らを、同じき愛着が結ばしめよ。愛の損失あるところに、愛は金銭の利益を知らず。田地や家のゆえに兄弟たちの間に争いが起こるとき、驚くに値すまい。聖なるヤコブの子らの間に、長服のゆえに妬みが燃え立ちしならば」と。しかれど彼はヤコブを弁護して言う。「彼(ヤコブ)は、いっそう大いなる徳の徴を予見したる者をいっそう愛したのである。父が子を優先せしと見ゆるよりもむしろ、予言者が奥義を優先せしと見ゆるごとくである。そして彼に色とりどりの長服を作りしは理に適う。これによりて彼は、子がさまざまなる徳の衣によりて兄弟たちに優先さるべきことを示さんとしたのである」と。

第七に、聖バシリオスはその説教『妬みについて』において、妬みに対する最も効果的な治療法は、栄光とすべての現世の善を、移ろいて滅び行くものとして軽んずること、そして永遠の善を愛し求めることである、と教える。このことについては聖グレゴリウス『モラリア』第五巻の終わりを参照せよ。同様にテーベのクラテスも、栄光の軽蔑と貧しさを自らの祖国とすると言うのを常とした。そこにおいては運命も何らの力を振るうことができなかったからである。彼はまた、自らはディオゲネス・ザ・キニコスの同郷人にして弟子であると言った。ディオゲネスはいかなる妬みの罠にも晒されなかったからである。というのは、富と名誉は通常、人の妬みを招き寄せるものだからである。ラエルティオスは第六巻において彼のことをかく伝える。ナジアンゾスのグレゴリウスもまたその『イアンボス風二行詩集』において真にかく言う、「キリストの嘉しによりて悪意は何事をもなしえず、キリストの拒みによりて労苦は何事をもなしえず」と。第八に、大カトーは、その運命を控えめにかつ慎みて用いる者は、妬みに攻撃されることがもっとも少ないと言うのを常とした。というのは、彼は言う、「人々は我らを妬むにあらず、我らを取り巻く善きものを妬むのである。逆に、その善きものを傲慢に用うる者は、自らに妬みを招き寄せる」と。プルタルコスは『ローマ人の名言集』にてこれを証言している。聖ナジアンゾスのグレゴリウスは、自らの好敵手らと妬む者らによって教会が乱された時、退いて言った、「我がゆえに神の司祭らの間にいかなる不和も起こらざることを願う。もしかの嵐が我がゆえならば、我を取りて海に投げ入れよ」と。同様にケオブロスも、何をとりわけ避けるべきかと誰かに問われて答えた、「友の妬みと、敵の謀を避くべし」と。

なおペレリウスにおいて、妬みの十四の特性を、第三十番以下に見よ。我らがウィンケント・レギウスは『福音書探究』第四巻第十六章において、妬みに対する八つの治療法を挙げている。


第六節:ヨセフの第一の夢

6. 我が夢を聞け。この夢は、その結末が示すように、自然のものではなく、神より送られたものであって、これによって神は、ヨセフにも兄弟たちにも、来るべき事柄を予告し、示し給うたのである。


第七節:麦の束の夢

7. 我らは束を結び居たりと思えり——すなわち穀物の、麦の束を。この象徴によって、飢饉の時に穀物を買い求めんがためなるエジプトへの兄弟たちの旅路が、巧みに予告されていた。また、兄弟たちの束がヨセフの束を伏し拝んだことは、兄弟たちがエジプトにおいてヨセフを伏し拝むこととなるのを明らかに示していた。テオドレトス『問答』第九十三において、かく言う。

比喩的意味において、このヨセフの束はキリストであり、律法と預言者のすべての朗読、すべての聖人と天使たちが、これを取り囲んで伏し拝むものである、とルペルトゥスは言う。また聖アンブロシウスは『ヨセフについて』第二章において、次のように言う。「ここにおいて、まことに主イエスの来るべき復活が啓示されたのである。彼らガリラヤにて主を見し時、十一人の弟子たちは伏し拝んだ。そしてすべての聖人たちも復活せし時には、善き業の実を携えて主を伏し拝むであろう。かく記されている、『喜びをもって来たり、その束を携えて帰る』と」と。


第九節:太陽、月、十一の星

9. 太陽と月と十一の星が我を拝し居たり。ここにおいて、さきの幻は別の象徴と夢によって神より確証される。太陽は父を、月は母、すなわちビルハを意味する。彼女はラケルの女奴隷であったが、ラケルの死後、ヨセフにとって母に等しき者であった、とリラヌスおよびアブレンシスは言う。十一の星は、エジプトにおいてヨセフを伏し拝むこととなる十一人の兄弟たちを意味する。

さらに、束がヨセフを拝したと見えたのは、彼に向かって身を傾け、その穂をヨセフの前に屈め、地に倒したことによる。同様に、太陽、月、星々は高きより身を下して彼の足もとに降り、彼を敬い礼拝すると見えた。おそらくそれらはまた人間の顔をまとって現れ(画家たちが描くように)、その顔をヨセフの前に屈め、地に伏したのである。

ここより学べ。父たる者や統治者たる者(ヤコブがそうであったように)は、家庭と国家において、太陽が全宇宙において占めるところのものでなければならぬ。これと類似することは、かの偉大なる寓話作者アイソポスについてその伝記中に読まれる。すなわち、彼はエジプトの王ネクタネボのもとへ、王の使節に等しく盛大に迎えられたのである。王は王の軍用外套を纏い、頭には宝石で飾られた冠を戴き、貴族たちの輪に取り囲まれて、高き王座に坐していた。王はやがて彼にこう問うた、「汝は我と我が周りにある者たちとを何に譬えん」。寓話作者は答えて言った、「我は汝を春の太陽に、これらの者たちを貴き穀物の穂に譬えん」。この言葉に王は大いに喜び、その人を称賛と贈物とをもって厚遇したのである。これについては、我がイザヤ書第四十五章第一節において述べることを参照せよ。ゆえに、家庭の優れた鑑とは、父が太陽のごとく、母が月のごとく、子らがその品性の輝きによって星のごとくあるものである。それゆえ聖アンブロシウスは『ヨセフについて』第二章において、幼子イエスがヨセフとマリアに伏し拝まれたことを、詩編148編3節より証明している。「太陽よ月よ彼を讃えよ」と。彼は言う、ヨセフは太陽のごとく、マリアは月の役を担う。なぜなら、太陽が地を暖めるように、父は家族を暖め育むからである。月がその光を太陽より借りるように、妻は夫よりその尊厳と権威を受ける。また、月は今は満ち、今は欠けるように、母の胎も今は満ち、今は空となる。第三に、月は湿った物と子らを司るように、母もまた全く子らの教育と統治に専念する。第四に、月は夜を治め、太陽は昼を治める。同様に夫は外の事を、妻は家の事を司る。家庭におけるこの大いなる光体には、多くの子らの中に煌めく星々という小さき光体が続く。これについて神はアブラハムに仰せられた、「天を仰ぎ、若し能うならば星を数えよ。汝の子孫もかくあらん」と。フェルナンデス『幻視録』第三の終わりにかく言う。寓意的には、ヨセフはここにおいてキリストの予型を担う。すでに引かれた箇所で聖アンブロシウスの言うを聞け。「地上にて父母と兄弟たちに伏し拝まれし者は、マリアとヨセフが弟子たちと共に彼を拝した時、その御体のうちにまことの神ましますと告白し、かの御方についてのみ言われた者、すなわちキリスト・イエスにあらずして誰ならん。その御方についてこそ、『太陽よ月よ彼を讃えよ、すべての星と光よ彼を讃えよ』と言われたのである」と。


第十節:父は彼を叱った

10. 父は彼を叱れり。これは、父が気を害したり、この夢を軽んじたりしたからではない(彼自身、この夢が神より出で、未来の事を予告していると疑い、黙してその事を思い巡らしていたのである)。むしろこの叱責によって、ヨセフを兄弟たちの妬みより解き放ち、謙遜のうちに保たんがためであった。


第十一節:父はこのことを心に留めた

11. されど父はその事を黙して思い巡らせり。ヤコブは、彼の父イサクが野に出でて黙想するのを常としていた(創世記24章)ごとく、観想に専心した。それゆえにそのすべての業において、彼は思慮深く、整然とし、聖なる者であった。

聖ベルナルドゥス『観想について』第一巻第七章の言を聞け。「観想は」と彼は言う、「心を浄め、次いで情念を統べ、行いを導き、過ちを正し、行状を整え、生涯を高貴にして秩序あるものとする。最後に、神のことと人のことを共に知る知識を授ける。観想こそ、乱れしものを分かち、隙間を塞ぎ、散りしものを集め、秘められしものを探り、真理を追い、似て非なるものを吟味し、偽りかざりしものを暴くものである。観想こそ、なすべき事を前もって整え、なされし事を再び省みて、心のうちに正されざるものも、正されるを要するものも何一つ残さぬようにするものである。観想こそ、順境にあって逆境を予見し、逆境にあってあたかもそれを感ぜざるがごとき——前者は剛毅に、後者は賢慮に属する」と。

寓意的には、聖アンブロシウスは『ヨセフについて』第二章にかく言う。ヨセフは父によって羊を飼う兄弟たちのもとへ遣わされたが、これはキリストが父なる神によって肉において遣わされ、我らを、そして特に兄弟のごときユダヤ人を救わんがためなるを意味する。それゆえキリスト御自身がかく仰せられる。「わたしはイスラエルの家の失われた羊のほかには遣わされていない」と。


第十三節:ヤコブ、ヨセフを兄弟たちのもとへ遣わす

13. 来たれ、我汝を遣わさん。ここより明らかなように、ヤコブはヨセフを兄弟たちと羊の群れより呼び戻していたのである。それは彼が不在であることによって、兄弟たちの妬みを眠らせるためであった。しばし時を経て、妬みが鎮まったと思い、ヨセフを彼らのもとへ送り返し、彼らと自分との間の使者となして、こうして再び兄弟たちの好意を自分に取り戻そうとしたのである。さらに父は、彼が家に閉じこもって無為に過ごすことを望まなかった。というのは、徳は業によって養われ、怠惰によって萎むからである。


第十四節:ヘブロンの谷より

14. ヘブロンの谷より遣わされたり。ここより明らかなように、ヤコブはイサクやアブラハムと同じく、ヘブロンに住んでいたのであり、そこよりヨセフを兄弟たちのもとへ遣わしたのである。


第十九節——「夢見る者」

夢見る者。ヘブライ語にてbaal hachalomot(バアル・ハハロモト)、すなわち「夢の主」、夢を所有する者の意であり、第二には、夢を作り上げることに長けた者の意である。第三には、主君また君主、ただし夢のうちにおける——あたかも「ヨセフは我らの主君また君主とならん、現実においてではなく、夢においてのみ。彼は自らが我らの君主とならんことを夢見ている。然らば彼をして君主たらしめよ、ただしその夢を通してのみ。彼を夢の君主また王と呼び、そのように仕立てようではないか」と言うがごとくである。

寓意的には、聖アンブロシウスは『ヨセフについて』第三章にかく言う。「これはヨセフについて記されたが、キリストにおいて成就したのである。すなわちユダヤ人たちがその御受難の時、『もし彼がイスラエルの王ならば、今十字架より降りてみよ』と言った時にである」と。


第二十二節:ルベン、ヨセフを救う;穴について

22. その魂を殺すことなかれ——すなわち、命を殺すことなかれ、の意である。魂こそ命の原因なのである。これは換喩(メトニミー)である。したがって、サドカイ派はこの句から、魂は死すべきものにして殺され死することができると誤って論じたのである。他の者たちは「魂」によって肉、あるいは身体を解し、レビ記21章1節および11節の類似の箇所を引く。しかし、かの箇所においては、生きた肉ではなく屍がアンティフラシス(反語)によって「魂」と呼ばれているのである。

彼を井戸に投げ込めよ。ルベンはヨセフを死より解き放たんがためにこう言ったのである。というのは、彼は密かにヨセフを井戸より引き出し、父のもとへ連れ戻そうと考えていたからである。こうして、父にかくも愛される兄弟に対するこの敬虔な行いによって、父の側女との近親相姦によって失った恩寵を取り戻そうとしたのである。

寓意的には、ヨセフが井戸に投げ込まれるのは、キリストが黄泉に降り給うたことに相当する。そこより引き出され、イシュマエル人に売られるというのは、復活されたキリストが、信仰の交わりを通じてすべての異邦人によって獲得されることを意味する、とエウケリウスは第三巻第三十七章にて言う。


第二十四節:ヨセフ、穴に投げ込まれる

かくて彼らは彼を投げ込めり。ヨセフスは付け加えて、ヨセフはルベンによって綱で下ろされたと言う。ではこの時ヨセフは何をしていたか。彼は狼の中の羊のごとき者であった——泣き、うめき、祈っていたのである。兄弟たち自身の言を第四十二章に聞け。「我らがこれらの苦しみを受けるは当然なり。我らは我らの兄弟に対して罪を犯し、彼が我らに懇願せし時、その魂の苦悶を見ながら、耳を傾けなかったのだから」と彼らは言う。聖エフレムはその論考『ヨセフの讃美について』において、このヨセフの兄弟たちへの嘆願を、心を動かすさまに描いている。


第二十五節:イシュマエル人の商人たち

樹脂(レジン)。樹脂と呼ばれるのは、樹木より流れ出て、樹木にしっかりと粘着する粘り気のある液のことである。最も賞讃されるものは、テレビン樹より流れ出る樹脂で、テレビンティナ(テレピン)と呼ばれる。

ステキア(没薬の涙)。ステキアは没薬の涙であり、没薬より流れ出て、したたり落ちるものである。それゆえにステキアと呼ばれる、すなわち「したたるもの」の意であり、ギリシア語のstazein(スタゼイン、「したたる」の意)に由来する。


第二十六節:ユダ、売却を提案する

されどユダ言えり。ユダは、ヨセフが井戸の中で兄弟たちによってついには殺されるのではないかと恐れ、この理由から彼を売ることを彼らに勧める。セウェリアヌスは、ヨセフの売却の張本人がユダであることは適当であったと述べる。というのは、キリスト——ヨセフはその予型であった——はユダ(イスカリオテのユダ)によって売られることとなっていたからである。しかし、このユダは善き意図と目的をもってヨセフを売り、一方かのユダは悪しき冒涜的な意図をもってキリストを売ったのである。

イシュマエル人に。少し前にモーセはこれらの商人たちをミデヤン人と呼んでいる。これは、彼らはイシュマエルの子孫でありながらもミデヤンに住んでいたからか、あるいはむしろ、彼らが一部はイシュマエル人、一部はミデヤン人であったからである。というのも、フランドル人とフランス人の商人が共に市へ赴くのが常であるのと同様である。カエタヌスとペレリウスはかく言う。

銀二十枚で。シェケルと解せよ。カルデア訳もそのごとくであり、すなわちブラバント・フロリン金貨二十枚に相当する。ペレリウスやマルドナトゥス、その他の者たちもかく言う。ただしリベラやスアレスのごとき者たちは、銀貨一枚を半シェケルと考え、それゆえヨセフはブラバント・フロリン金貨十枚で売られたと言う。オリゲネス、聖アウグスティヌス、聖ベーダは「銀三十枚」と読む。なぜならキリストが同額で売られたからである。しかしヘブライ語、カルデア語、ギリシア語、およびヨセフスは一貫して「銀二十枚」と読む。すなわち、聖ヒエロニムスの言うところによれば、僕が主人と同額で売られることは相応しくなかったのである——つまりヨセフがキリストと同額で売られるのは相応しくなかった。あるいはむしろ、キリストは男子であったがゆえに、少年であったヨセフより安値で売られたのである。なぜなら男子は三十フロリンで買われるより、少年は二十フロリンで買われる方が安く、男子は二十より、少年は三十よりも安いとはならぬ順で考えられるからである。加えて、キリストは十字架のために買われたが、ヨセフはただ奴隷として買われたにすぎない。ゆえにキリストの売却は、ヨセフの売却より一層卑しく、一層恥ずべきものであったのである。


第二十八節:ヨセフ、銀二十枚で売られる

28. 彼らは彼を売れり。聖バシリオスはその説教『妬みについて』にて、妬み深い者たちは、他人の栄光を覆い隠そうとする同じ手段によって、かえってそれをますます輝かすものであると述べている。「ゆえに」と聖グレゴリウスは『モラリア』第六巻第十二章にて言う、「ヨセフは彼らに拝まれぬようにと兄弟たちによって売られたのである。しかるに彼が拝まれたのは、まさに売られたからこそなのである。かく神の摂理は、避けられんとしつつ成就され、人間の知恵は、抗わんとしつつ追い越されるのである」と。かの聖人はまことに真実を語ったのではないか。「迫害者は金細工師であり、我らのために現世の王国と永遠の王国の冠を鍛える者たちなのである」と。

それゆえ兄弟たちにとって、また世にとって、ヨセフは惨めで不幸な者のごとく見えた。しかし実際はそうではなかったのである。なぜなら、まさにこの出来事によって、神はヨセフの束を立ち上がらせ、兄弟たちの束を倒し始め給うからである。神は低くし給う時にこそ、高く上げ始め給うのであり、ある者を高く上げようと意図し給うほど、より深く彼を低くし給うのである。神はヨセフにおいてかくなし給い、ことにキリストにおいて最もそうなし給うた。ゆえに、徳と栄光の婚宴の間とは、逆境と卑しめなのである。


第三十節:ルベンの苦悩

少年はそこにおらず、我はいずこに行かん。すなわちこう言うかのごとくである。——我らの父にとって最も愛しきヨセフが、汝らによってであれ野獣によってであれ、すでに滅び、あるいは殺されてしまった以上、我はいかにせん。いずこに向かわん。いずこに行かん。我は父の前に出る勇気を持たぬ。なぜなら我らの父は、長子たる我にヨセフを返せと迫るであろう。しかして我は彼を差し出すことができぬ以上、父に計り知れぬ悲しみを与え、己が身に大いなる咎を招くことになる。それゆえ、すでに我は近親相姦の罪によって父を大いに怒らせており、またこのヨセフの喪失によって父がさらに我に対して憤ることを知る以上、我は父の御前に出る勇気を持たぬ。されば我はいずこに行かん。


第三十一節:血に染まる長服

しかして彼らはヨセフの長服を取り、殺したヤギの血に浸した。寓意的に、聖アンブロシウスはその著『ヨセフについて』第三章において次のように述べる。「彼らが彼の長服をヤギの血にて染めたということもまた、偽りの証言によって彼を攻め立てることで、万人の罪を赦す方を罪の憎しみの中に引き入れたことを示していると思われる。我らにとって彼は小羊であるが、彼らにとっては山羊である。我らのためには、世の罪を取り除きたもうた神の小羊が屠られ、彼らのためには山羊が屠られる。すなわち、彼らが誤りを増大させ、罪を積み重ねた山羊である。」


第三十四節:ヤコブ、衣を裂く;粗布について

しかして彼はおのが衣を裂いた。これは古き慣わしであり、悲しみのうちにおのが衣を裂くことは、哀悼の象徴であった。なぜなら衣を裂くことは、悲しみによって引き裂かれた心を表していたからである。これはヤコブの第七の苦難であった。

彼は粗布をまとった。悲しみのうちに粗布あるいは毛衣をまとった最初の人物として記録されているのは、ここにおけるヤコブである。その後、彼の子孫たち、すなわちイスラエル人たちも、哀悼においてこれと同じ慣わしを倣った。そのゆえ、古くより悔悛するキリスト者の衣もまた毛衣であった。テルトゥリアヌスはその著『悔悛について』においてこれを証している。されば毛衣をまとう者たちは、ヤコブを旗手として家長ヤコブのうちに誇り、すべての厳しきものを嫌い、いまだ毛衣をまとったことなく、おそらくは見たことすらない軟弱な革新者たちに対して、彼を掲げるべきである。

聖ヒラリオンは、聖ヒエロニムスが証するように、椰子の葉より作られた粗き毛衣をもっておのが身体を征服した。聖シメオン・スティリテスは、八十年間柱の上に立ち続けたが、テオドレトスが証するように毛衣をまとっていた。隠修士、修道士、苦行者、悔悛者たちは、パラディオス、テオドレトス、クリマコスその他が証するように、毛衣をまとった衣をもっておのが身を武装した。

しかし女性たちについても——否、公爵夫人や女王たちについても聞くがよい。ハンガリー王の娘たる聖マルガリタは、毛衣をもっておのが身体を苦しめた。ポーランドの公爵夫人たる聖ヘドヴィヒも同様であった。高貴なる処女たる聖クララは、二十八年のあいだ豚の皮より作られた粗き毛衣をまとい、その鋭き剛毛と毛は肉に向けられ、これを刺した。フランク族の女王たる聖ラデグンダは、その紫の衣を毛衣と交換した。そして我らのグレッセルが『規律について』第一巻最終章にて記すその他の者たちは割愛し、古き著者が聖クネグンデの伝記において述べる記憶すべき例について聞くがよい。

クネグンデは皇帝ハインリヒの妻であり、婚姻において処女のままであった。夫に対しておのが処女性を証するために、彼女は灼熱の鉄の上を素足にて無傷のまま歩んだ。夫たる皇帝が没した後、皇后より修道女となり、毛衣をまとい、常にその中で眠り——否、その中で死ぬことを望んだ。死の苦しみのうちにあって、王家の葬儀の準備が彼女のためになされ、金の覆いが霊柩台の上に広げられるのを見たとき、彼女は、以前であれば花婿を迎える花嫁のごとく喜ばしげに見えたであろう青白き顔をこれらのものへと向け、手を振って拒んだ。「この衣は」と彼女は言った、「我がものにあらず。これを取り除けよ。これは他者のものである。これらをもって我は地上の花婿に結ばれ、かれらをもって天の花婿に結ばれたのだ。我は母の胎より裸にて出で来たり、裸にてそこへ帰らん。我が哀れな肉の価値なき素材をこれらに包み、我が貧しき身体を、我が兄弟と、今我を呼び給うのを見る皇帝ハインリヒ殿の墓のかたわらの、おのが小さき場所に横たえよ。」かくしてこれらを語り終えると、彼女はおのが処女なる霊を花婿たるキリストに渡した。

聖チェチリアについても我らはかく読む。「毛衣をもってチェチリアはおのが四肢を征服し、嘆息をもって神に乞い求めたり」と。そしてダビデのあの詩句を唱えた。「我が心をして汝の掟のうちに汚れなからしめたまえ、我が恥を受けざらんためなり」と。かくして彼女は御使いの顕現と守護、その夫の回心、輝かしき殉教の冠、そして今日に至るまでおのが身体の完全と不朽とを獲得するに値した。

最後に、聖マルティヌスは灰と毛衣の上に横たわりて死にゆき、かく語った。「キリスト者が灰と粗布の上でなくして死ぬのはふさわしくない」と。スルピキウスがこれを証している。これに倣いて、聖カルロ・ボロメオは、その聖職者たちが死に際して毛衣と灰をもっておのが身を覆うべきことを定め、みずから模範によってこれを導いた。彼は死にゆくとき、健康なときしばしばまとっていたその毛衣の上と、あらかじめ祝された灰の上に横たわっていたからである。その伝記第七巻第十二章に記されている通りである。


第三十五節——悼みと魂の不滅

長きあいだその子を悼みて——すなわち二十三年のあいだ、つまりヨセフが売られた十六歳のときから、飢饉のうちに兄弟たちがエジプトにて彼のもとに来て、その父とともに彼を拝した三十九歳のときに至るまでである。しかしこの悲しみの感覚は、ヤコブにおいて次第に薄らいだ。なぜなら「いかに大きき魂の傷も、時によって和らげられる」からである。されば時は忘却の術を教える(これをテミストクレスは記憶の術よりも学ぶことを望んだ)。

我は悲しみつつ我が子のもとへ、下界に下らん。「下界」について、ある者たちは「墓」と訳す。カルヴァン、エウグビヌス、ヴァタブルス、パグニヌス、さらにはリポマヌスすらそうである。しかしヘブライ語のシェオルは本来「下界」を意味し、「墓」を意味するのではない。七十人訳聖書もそう訳し、我らの翻訳者〔ウルガタ〕もそう訳した。そして理性そのものがそう訳すべきことを証する。なぜならヤコブは、ヨセフが野獣に食い尽くされ、それゆえ葬られていないと考えていたからである。したがって彼は墓のうちにヨセフのもとへ下るとは考えず、また望みもせず、下界のうちに——すなわち父祖たちのリンボに下ることを望んだのである。

さらに、魂は墓のうちにではなくリンボのうちに保たれる。しかしてヤコブは、死んだヨセフの魂が生き続けているのを見ることを望んだ。それゆえ意味は、かく言うかのごとくである。「我が子らよ、我はヨセフを見るまで何の慰めをも受け入れじ。彼はすでに死せるがゆえに、死後我が魂がリンボのうちに彼の魂と結ばれるまで、我は彼を見ることができぬ。なぜなら我は、無垢なるヨセフの魂が我らの父祖たちの魂のもとへ、アブラハムの懐に行ったと確信するからである。その懐は、我のためにも備えられていると希望する。」このことより明らかなのは、ヤコブがその祖先たちの教えと伝承より、魂の不滅を信じていたこと、また再び、キリスト以前に死んだ義人たちの魂は、アブラハムの懐がある父祖たちのリンボに下ったということである。

これと同じことを異教の哲学者たちも察知し、影を通してのごとく見ていた。アエリアヌスはその『歴史雑録』第十三巻にて、メガロポリスのケルキダスが病のうちにあり、喜んで生を離れるかと問われたとき、こう答えたと伝える。「なぜ否ならん。我は魂が身体より分離することに喜びを覚える。なぜなら我は、哲学者たちの間でピュタゴラスを、詩人たちの間でホメロスを、音楽家たちの間でオリンポスを、そしてあらゆる学問の分野において最も卓越した他の人々を見ることになる、かの岸辺へと昇ることになるからである。」

ソクラテスは毒を飲む前にこう言った。「次の生において、オルペウス、ムサイオス、ホメロス、ヘシオドスと語らうことを、汝らはいかに高く評価するか。我がパラメデスやアイアス、その他不正なる判決によって断罪された者たちに出会うとき、我はいかなる大いなる悦びを享受することか。実に我はしばしば、もしできるならば、我が語るところのものを見いだすために、生を離れたいと望むであろう。」

カトーは、プラトンの書『魂の不滅について』を読みて、この不滅の生に達せんがためにおのれを殺した。

キュロスは、クセノフォンの記すところによれば、死にゆくときその子らにこう言った。「我が子らよ、我がこの生より去るとき、我がいずこにもおらず、あるいは無となるとは思うなかれ。汝らが我とともに生きていたときも、汝らは我が魂を見なかったが、この身体がその住処であることを理解していた。身体より離れた今も、同じであると信ぜよ。」

キケロは『国家論』第六巻において、すでに生を離れたスキピオ・アフリカヌスを次のごとく語る者として登場させる。「これを知るべし。おのが祖国を保ち、助け、広めたすべての者には、永遠の生を享受することのできる、天における確かにして定まれる場所が備えられているということを。」しかして彼自身および死んだと思われていた他の者たちが生きているかを問われて、彼はこう言った。「まことに、これこそは生きる者たちである。彼らは牢獄から逃れるがごとく、身体の束縛より脱した者たちである。しかし汝らが己が生と呼ぶものは、死である。」

彼らの論拠は次のごとくであった。第一に、人間の精神は天上のもの、不滅のものを認識し、観想し、望む。それゆえ精神は天上のもの、不滅のものである。第二に、精神はこの生において満足を持たず、また安らう中心もない。それゆえ次の生においてこれを持つであろう——さもなくば他の被造物よりも惨めなものとなろう。第三に、朽ちるものはすべて物体であるか偶有性である。これらは反対のものを持つゆえに朽ち得るからである。しかし人間の魂は物体でもなく偶有性でもない。それゆえ不朽である。獣の魂については異なる。それらはすべて身体に依存しており、それゆえ物体的で朽ちるべきものと判じられねばならぬからである。

今やキリスト者は、トビトとともにこう言うべきである。「我らは聖人たちの子らであり、みずからに対する信仰を決して変えぬ者たちに神が与えたもうかの生を待ち望む」と。


第三十六節:ポティファル、兵士たちの長

36. 宦官に——すなわち王の寝室の管理者にである。注意すべし。宦官には、性的行為を為しえぬ者として、かつて女王とその侍女たち、および王の寝室の守護が委ねられていた。そのゆえ宦官たちは王と女王の最も親しい、最も身近な侍臣たちであった。この理由より、たとえ実際には宦官でなくとも——すなわち去勢された男でなくとも——宦官は宮廷の長と呼ばれた。それゆえカルデア訳はここで「宦官」をラッバ、すなわち長、太守と訳す。なぜならここにおけるポティファルは、妻を持っていたゆえに、本来の意味での宦官ではなかったからである。プロコピオス、ゲンナディオス、アブレンシス、リラヌスもそう言う。同様に第四十章第一節において、ファラオの給仕長とパン焼き長も宦官、すなわち王の臣下と呼ばれている。なぜなら古くより、王たちの宮廷は宦官で満ちていて、王たちはあらゆる種類の務めに彼らを用いたからである。皇帝コンスタンティウスの宮廷に最も明らかに見えるように、宦官たちはその宮廷を満たし、治めていた。

兵士たちの長に——王の親衛隊の長官である。ヘブライ語ではサル・ハッタッバヒム、すなわち「屠る者たちの長」あるいは「屠殺する者たちの長」である。すなわち兵士たちの長である。七十人訳はアルキマゲイロスと訳すが、聖アンブロシウスはこれを「料理人長」と訳しているものの、ここではより適切には「屠る者たちの長」あるいは「屠殺人長」と訳されるべきである。なぜならマゲイロンは、聖ヒエロニムスが証するところによれば、「殺す」を意味するからである。そのゆえ料理人たちはマゲイロイと呼ばれた。なぜなら彼らは調理すべき家畜や鳥をまず殺すからである。これはマキスという語に由来し、パヴォリヌスによればこれはマカイラ〔刀〕と同じである。かかるサル・ハッタッバヒムすなわちアルキマギルスがネブザルアダンであった。なぜなら彼はネブカドネツァルがエルサレムの戦と破壊の任にあたらせた軍の長であったからである(列王記下25章11節)。


道徳的結論

道徳的に、この章より学ぶべきである。神はヨセフと義人たちに対していかに多くの迫害と逆境を与え、彼らを忍耐、柔和、そしてそれによって魂の清純のうちに完成させようとされるかを。ヨセフはこの忍耐によってかの驚くべき貞潔に達したのである。カッシアヌスの『対話録』第十二巻第七章におけるこの言葉は、まことに真実である。「人が心の柔和と忍耐において進む分だけ、その者は身体の清純において進むであろう。なぜなら書かれているからである。柔和な人々は幸いである、その人たちは(己が身体の)地を受け継ぐと。身体の情欲は、まず魂の動きを抑えた者でなければ鎮まることがないからである。」そのゆえ、ある聖人もこう言う。「優しき人は身体、魂、心の永続する健康を享受する。彼は非難のうちに喜び、災いのうちに神を讃え、怒れる者を鎮め、謙遜のくびきのもとに勝ち誇り、すべての情念を——ことさらに怒りと情欲とを——支配する。」

最後に、聖ヨハネ・クリソストモスは説教61においてこう言う。「徳の力は大いなるものであり、悪意の弱さは大いなるものである。」彼はこれを終わりに、ヨセフが絶えず示した忍耐を通して説明する。「かくしてこのように、勇敢に戦う闘技者のごとく、彼は王国の冠をもって戴冠され、夢の成就が実現されることになった。彼を売った者たちは、その悪意より何の益も得なかったことを学ぶためにである。徳はかかる大いなる力を持つゆえに、攻撃されるときいよいよ栄えるのである。それより強きものはなく、より力あるものもない。しかしこれを持つ者は神の恩寵を持ち、それより守りを得る。彼はすべての者より強く、不敗であり、人々の策略によってのみならず、悪霊どもの謀略によっても捕えられることがない。これを知りて、我らは悪しく扱われることから逃れるのではなく、悪しく為すことから逃れるべし。なぜならこれこそまことに悪しく扱われることだからである。隣人を苦しめんとする者は、その人には何の害をも加えず、みずからのために永遠の責め苦を蓄える者だからである。」なぜなら兄弟たちもまた、ヨセフを迫害することによって、彼の上に栄光をもたらし、みずからの上に恥辱をもたらしたからである。同じ著者が説教63以下において教えている通りである。