コルネリウス・ア・ラピデ

創世記 第二十八章


目次


序論

ヤコブはエサウより逃れてメソポタミアへ赴き、その途上で眠れるとき、梯子の上にもたれたもう神を見る。その梯子によって天使たちが昇り降りし、彼を慰める。これによって彼はその場所をベテルと呼び、ついに第二十節において神に誓願を立てる。

注意せよ。これらのことはすべてヤコブの七十七歳の年に起こった。第二十七章の冒頭において示した通りである。


ウルガタ本文:創世記28章1-22節

1. イサクはヤコブを呼び、彼を祝福して命じて言えり、「汝カナンの種族より妻を取ることなかれ。2. されどシリアのメソポタミアへ、汝の母の父ベトエルの家に赴き、そこにて汝の叔父ラバンの娘たちの中より妻を取れ。3. 全能の神が汝を祝し、汝を増やし、増やしたまわんことを。汝が諸民の群れとなるために。4. また神はアブラハムの祝福を汝と、汝の後の子孫に与えたまわんことを。汝が汝の先祖に約束したまいし寄留の地を所有せんためなり」と。5. イサクが彼を送り出ししとき、彼は出で立ち、シリアのメソポタミアへ、アラム人ベトエルの子ラバン、その母リベカの兄のもとへ至れり。6. エサウは、父がヤコブを祝福し、シリアのメソポタミアへ遣わして、そこより妻を取らしめしこと、また祝福の後に彼に命じて「汝はカナンの娘らの中より妻を取るなかれ」と言いしこと、7. そしてヤコブが両親に従いてシリアへ行きしことを見、8. また父がカナンの娘らをよしとせざるを見、9. イシュマエルのもとに行き、すでに有する妻たちに加えて、アブラハムの子イシュマエルの娘、ネバヨトの姉妹マハラトを娶れり。10. かくてヤコブはベエル・シェバより出で立ち、ハランへと赴けり。11. ある場所に至り、日没の後にそこに休まんとし、そこに置かれたる石の幾つかを取り、頭の下に置き、同じ場所に眠れり。12. そして彼は夢の中で見たり。梯子が地に立ち、その頂は天に触れ、神の天使たちがそれを昇り降りしおれるを。13. また主は梯子の上にもたれて彼に言いたもう。「我は汝の父アブラハムの主なる神、イサクの神なり。汝が眠りおる地を我は汝と汝の子孫に与えん。14. 汝の子孫は地の塵のごとくならん。汝は西と東、北と南とに広がり、汝と汝の子孫において地のすべての部族は祝福されん。15. 我は汝の行くところにおいて汝を守る者となり、汝をこの地に連れ戻さん。我が汝に言いしすべてのことを成就するまで、汝を離れじ」と。16. ヤコブは眠りより醒めて言えり。「まことに主はこの場所にいましたまえり。しかるに我はこれを知らざりき」と。17. そして戦慄きて言えり。「この場所はなんと畏るべきかな。ここは神の家にほかならず、天の門なり」と。18. 朝起きて、ヤコブは頭の下に置きし石を取り、記念として立て、その上に油を注げり。19. しかしてその町の名をベテルと呼べり。その町は以前はルズと呼ばれたり。20. また誓願を立てて言えり。「もし神我とともにいましたまい、我が歩む道において我を守り、食すべきパンと着るべき衣を我に与えたまわば、21. 我が無事に父の家に帰り得たらば、主はわが神となりたまわん。22. しかしてこの石、我が記念として立てたるこの石は、神の家と呼ばれん。汝が我に賜うすべてのものより、我は汝に十分の一を献ぐべし」と。


第一節:彼を祝福した

1. 彼を祝福した——少し前に与えた祝福を確認したのである。聖アウグスティヌスがそう説く。


第二節:メソポタミアへ

2. メソポタミアへ——ハラン、すなわちカラエへ。これはメソポタミアの一都市であり、イサクとヤコブが住んでいたベエル・シェバから八日ほどの旅路の距離にあった。

ベトエルの家——もとはベトエルのものであったが、彼がすでに死んでいたため、今はその子、すなわちヤコブの叔父ラバンに属していた。


第三節:彼はあなたを増やし、増やされんことを

3. 彼はあなたを増やし、増やされんことを、汝が諸民の群れとなるために——神が汝を多くの子孫と大いなる家族とをもって増したまい、汝より多くの部族と諸民の群れが生まれ出でんことを。そして実際、ヤコブより下りし十二部族は人口において多かった。


第四節:あなたの後の子孫に

4. あなたの後の子孫に——ここから聖アウグスティヌスは『神の国』第十六巻第三十八章において、またルペルトゥスは、神がアブラハムとイサクに対して与えたもうた約束、すなわちカナンの地の所有、多くの子孫と富、彼より生まるべきキリストなどに関する約束が、ヤコブとその子孫に適用されたと推論している。それゆえエサウはアブラハムとイサクの子孫および家族から除外され、異邦人と見なされ、異邦の民すなわちエドム人の父祖・始祖となった者と見なされる。したがって、アブラハムの契約と祝福に含まれていた条件と義務、すなわち割礼の律法は、エサウとエドム人を拘束しなかった。ただし彼らはそれを自発的かつ自由に受け入れた。これはエレミヤ書9:25-26より明らかである。


第五節:彼はメソポタミアに入った

5. 彼はメソポタミアに入った——これは第十節においてさらに詳しく述べられる旅路による。したがって、これはプロレプシス(先取法)である。というのも、モーセはエサウとヤコブ双方の行いを、あたかも要約のように一目のうちに我らの眼前に置き、対比せんとしたからである。ヤコブの兄からの逃亡と、その目的地とを示し、しかる後にそれを再び取り上げ、続く箇所でいっそう詳しく叙述せんとしているのである。モーセは十二族長およびすべてのイスラエル人の父であるヤコブの業を詳細に語らんとしている。ゆえに、それに全力を傾けるために、同時に起こったエサウの行いを、通り過ぎにざっと言及し、簡潔に要約しているのである。

道徳的意味において、聖アンブロシウスは『ヤコブと幸福な生について』第二巻において、ヤコブは逃亡と流謫の中にあってもなお幸福であったと教えている。彼は言う。「ヤコブは、その故郷を去るときにすら、幸福ではなかったか。まことに彼は幸福であった。というのは、彼は兄の怒りを和らげるために、流謫の労苦を受け入れたからである。というのも、罪を避ける者が幸福であるなら、他者の咎を軽くし、犯罪を防ぐ者が幸福であることは、まことに否定しえないからである。かくして彼は、自発的な流謫によって、準備されていた兄弟殺しを避け、そうすることで己の安全を求め、同時に兄に無罪を与えたのである。それゆえ、神の恩寵が至るところに彼に伴ったのは当然である。かくして彼は眠っている間にさえ、幸福な生の報いを得たのである。彼は未来の事どもの奥義を見、神の託宣を聴いていたのだから」と。

というのも、彼は眠りの中で神より壮麗なる慰め、幻、祝福、約束を受けたからである。雅歌5:2にいわく、「我は眠れども、我が心は目覚めたり」と。それゆえクレメンス・アレクサンドリヌスは『パイダゴーゴス』第二巻第九章において、慎ましく眠る者たちを、常に目覚めている天使にたとえて、彼らがその不眠の黙想より生命の永遠性を得ると述べている。これによって彼が意味するところは、魂は黙想を止めるならば言わば死ぬが、絶え間なき黙想に励むならば生き、永遠ならしめられるということである。


第八節:アラム人の

8. アラム人の——すなわちメソポタミアの人の意である。第二十五章二十節で述べたところを参照せよ。

見て——すなわち観察して知覚することである。ヘブライ語もそうである。ここで「見る」とは、調べることと同じ意味ではなく、むしろ「証拠と経験によって学び、見出した時に」と言うがごとくである。エサウはこの第三の妻を、両親の気に入るような者、あるいは少なくともカナン人であった先の二人より両親を不快にさせぬような者を娶りたいと望んだようである。しかし彼はナホルの家より妻を取ることを望まなかった。たとえそれが両親にいっそう喜ばれることを知っていたとしてもである。これはある種の傲慢な心によるものであった。というのは、ヤコブがそこへ行ったので、自分が兄弟を追従し模倣するように見えることを望まなかったからである。特に彼自身が年長であったゆえに。


第九節:彼はイシュマエルのもとに行った

9. 彼はイシュマエルのもとに行った——すなわちイシュマエル人のもとへ。というのも、イシュマエルはすでに十四年前に死んでいたからである。第二十七章の冒頭で述べたように、これらの出来事はヤコブの七十七歳の年に起こったが、イシュマエルは百三十七歳で死んだ。それはイサクの百二十三歳の年、ヤコブの六十三歳の年であった。トスタトゥスがそう説く。


第十一節:彼は石の幾つかを取った

11. 彼は石の幾つかを取った——この言葉より、ラビ・ネヘミヤは『ミドラシュ・テヒリム』において、詩編91の「主はあなたのために御使いたちに命じられた」(詩編91:11)に関する註解で、また『ラッバー』もこの箇所において、ヤコブは三つの石を取り、それらが一つに変えられ、それについて第十八節に「彼は頭の下に置きし石を取り、記念として立てた」と記されていると考えている。これによって聖なる三位一体の奥義が表されていると言う。すなわち三つのペルソナが一つの本質に結合されることである。それゆえヤコブは第十七節で「この場所はなんと驚くべきか」と叫んだというのである。しかしこれはラビの作り話・寓話のように思われる。というのも、聖ヒエロニムスはこのようなことを何も言わず、古代または近代のいかなる解釈者も述べていないからである。ゆえに「彼は石の幾つかを取った」と言われるのは、より大きくより適した一つの石を意味すると解すべきである。これは第十八節で彼自身が「彼は頭の下に置きし石を取った」と説明しているとおりである。


第十一節:頭の下に置くこと(道徳的解釈)

頭の下に置くこと——道徳的意味において、ここで注意せよ。ヤコブは堅い寝床と枕、すなわち石を自分のためにしつらえる。というのは、堅き寝床、堅き食、すべての堅きものは天の廷臣にふさわしいからである。聖ヨハネ・クリソストモスは言う。「見よ、この若者の強さを。彼は石を枕として用いる。その雄々しき精神を見よ。彼は敷石の上に眠る」と。しかしてこの石(これはキリストの予型であった)によって、彼は回復され力づけられる。それゆえ聖ヒエロニムスは詩編134(ウルガタ133)への註解において、このヤコブの石を「助けの石」と呼ぶ。彼は言う。「かかる枕を持ちて、その内に迫害の熱を冷やしし者は、必要あらば、それによって天に受け入れらるる梯子を見るのである」と。それゆえキリストは労する者たちの枕であり、彼らはその内に甘く憩い、天の慰めを受ける。他方、黄金なる柔らかき寝床は、眠り、柔弱、無気力、怠惰の墓のごときものであり、堅く石なる寝床は、力と徳との鍛錬場・訓練場である。それゆえ聖アンブロシウスは『ヤコブ論』第二巻に言う。「ヤコブは眠りの中にあってすら善き働き手であった。なぜなら彼は目覚めているときよりも眠っているときに、神とさらに多くの事柄を取り扱ったからである」と。


第十二節:彼は夢の中で見た

12. 彼は夢の中で見た——したがってこれは想像的・象徴的な幻であった。

梯子が立ち——七十人訳は「しっかりと据えられた梯子」と読む。アルカサルは、ヨハネの黙示録第四章第一節への註解で、神はこの梯子のそばに立ちたもうたのは天においてではなく地においてであり、梯子の最下段にあってそれを支え保たれたと考えている。なぜなら神は梯子のそばの地上で眠っていたヤコブに語りかけ、したがって彼に近くあられたからである、と言う。しかしいっそう適切には、ヨセフスとカイェタヌスは、神は天に立ちたもうて、梯子の最上段にもたれたもうたと考えている。というのは、天使たちはこの梯子によって神のもとに昇り、その命令を地に伝えていたからである。神が天より地上のヤコブに語りかけたもうたことに驚くべきではない。なぜならこの語りかけは、幻と同じく、感覚的なものではなく、想像的または知性的なものであったからである。それは遠く離れた者たちの間で起こりうることであり、しばしば起こるのである。神からのみならず、天使たちからもそうである。


ヤコブの梯子は文字通り何を意味するか

まず汝は問うであろう。ヤコブのこの梯子は文字通り何を意味するか、と。

フィロとオリゲネスは、聖ヒエロニムスの書簡百六十一に引用されているごとく、次のように答える。すなわちこの梯子はメテンプシュコーシス、つまり人間の魂がある身体より別の身体へと移ることを表す、と。彼らの説によれば、あらゆる人間の魂は身体に先立って存在し、かつてそのときに罪を犯して天より地に降りたそのたびごとに、今も身体を取り替え、ある身体より別の身体へと移り、それらを通してあたかも悔悛の諸段階(梯子の段のごとき)を経て、天へと昇り返るのだという。

さらにオリゲネスは、この魂の下降においてこれらの段階を設ける。彼は言う、まず魂はより微細な身体に下ろされる。次にもし罪を犯し続けるならば、より粗い身体に下ろされる。最後には地上の身体の中に突き落とされる、と。またフィロはその著『ノアの植栽について』において、この梯子によって魂が生まれるときに身体へ下るさまが表される、あるいは実際にそのように下ると書いている。

というのも、この言葉を説明してオリゲネスは、ヤコブが梯子を見たことについて、次のように書いているからである。「空気は人口の多き都市のごとく、不死の市民すなわち魂たちを有する。それらは星の数に等しく、その一部は死すべき身体に結ばれんがために降り来る」云々。それゆえオリゲネスはまた、人間の魂は、天において犯した罪のゆえに投げ落とされた天使たちであり、この梯子を段階を経て、さまざまな、ますます卑しい身体へ降り来たのだと想像したのである。

聖ヒエロニムスがパンマキウスに宛てて、エルサレムのヨハネの誤謬に対して書き送った言葉を聴け。「オリゲネスは、ヤコブの梯子によって、理性的被造物が段階を経て最下層、すなわち肉と血へと降るのであり、また何人も百という数より一という数へと突如として落とされることはありえず、各々の数を、あたかも梯子の段のごとく、最後まで通らなければならず、天より地への居所を変えただけの数と同じ数の身体を取り替えると教える」と。彼は一つの例を挙げる。「ある軍事護民官階級の者が、自らの過失によって、騎兵の各階級を経て新兵の称号にまで降格すると想像せよ。護民官がただちに新兵となるであろうか。否、彼はまず上級将校となり、次に元老となり、次に百人隊長となり、次に分隊長となり、次に巡察官となり、次に騎手となり、そして最後に新兵となるのである」と。しかしこれらはピュタゴラスとオリゲネスの妄想にすぎぬ。


神の摂理の象徴としての梯子

それゆえ私はテオドレトス、アベン・エズラ、ヘブライ人たち、およびペレリウスとともに次のように言う。すなわち、この梯子は第一に、神の摂理と統治の象徴である。それゆえ神はその上にもたれたもう。万物の第一原因、第一動者として、時が永遠より出で来るよう命じ、御自身は不動のままにとどまりつつ、万物に運動を与えたもう御方として。

第二に、天使たちは神の摂理の奉仕者・執行者として昇り降りする。神は彼ら各々にその務めを個別に割り当てたもう。

第三に、この梯子は天より地に及ぶ。なぜなら神は高きものを通して低きものを治め、天使たちを通して人間を治めたもうからである。

第四に、梯子の両側は、甘やかさと力である。神はその知恵によって世界を治め、一方の端より他方の端まで力強く及び、万物を甘やかに秩序づけたもうゆえである。

第五に、梯子のさまざまな段は、神の摂理のさまざまな様式であり、そこより流れ出づる事物のさまざまな種と完成である。

かくしてホメロスは『イリアス』第八巻において、神の摂理を黄金の鎖によって描き、表している。それはユピテルが天より地へと下ろし、それによってユピテルがすべてのものを包み、縛り、自らのもとへと引き寄せるものである。


ヤコブに対する神の三つの慰め

第二に、いっそう本来的かつ個別的に、タルソスのディオドロスはかく教える。すなわち降り来る天使たちはヤコブのメソポタミアへの幸いなる出発を表し、昇り行く天使たちはパレスチナへの幸いなる帰還を表す、と。なぜなら神はこの幻によって、両親を離れ、兄に憎まれ、逃亡者・流謫の身・孤独なる者として、悲しみと不安のうちに荒き岩の上に眠っていたヤコブを慰め、励まさんと望みたもうたからである。あたかも次のように言うがごとくである。「悲しむなかれ、恐るるなかれ、ヤコブよ。我は汝を苦しめ悩ますもの三つを知る。故郷、両親、兄弟である。これらに対して我は汝を慰める三つのものを置く。すなわち梯子、神、そして天使たちである」と。

第一に、汝は故郷を離れ、異邦人として異国へと赴く。されど梯子を見よ。それは汝に天を開き、汝のために備えられたる天への道を示す。第二に、汝は両親を離れ、逃亡者としてメソポタミアの異邦の人々のもとに赴く。しかし知れ、神はこの汝の旅を導き、汝とともにあり、汝を率い、汝を守り、またその助けをもって汝を祝し富ませたもうと。第三に、汝は兄に憎まれ、ただひとりで旅をする。しかし知れ、天使たちは汝の伴侶であり導き手であり、彼らは汝を無事にメソポタミアへ導き、カナンにおける両親のもとへ損なわれずに連れ戻すであろう、と。これが文字通りの意味であることは、続く箇所より明らかである。それはこれらのことがヤコブにまさにこのように起こったことを物語っているのである。


道徳的解釈:主はご自身のものを顧みたもう

道徳的意味において、ここで注意せよ。神はご自身のものを、特にヤコブのごとく徳において傑出した英雄たちを、御自ら、また天使たちを通して、あたかも全く彼らのためのみに身を傾け、全世界において他の何ものをも顧みたまわざるかのごとく、顧みたもう。雅歌2:16にいわく、「わが愛する者は我がもの、我は彼のもの」と。これについて聖ベルナルドゥスは『雅歌講話』第六十八説教で言う。「かの御稜威は、その上に宇宙の統治を担いたもう御方にして、この一つの者にかくも心を注ぎたもうや。諸世代の配慮は、愛のただその事柄、いや、むしろその閑のためにのみ向けられたるや。まことにしかり。なぜならば、万物は選ばれたる者のためにあるからである」と。それゆえ我らは他の被造物に対する神の摂理を否定するものではない。しかし花嫁のみが、神の特別の配慮を自らのためにと要求するのである。

かかる御方こそ祝されしおとめであった。この梯子においてその最上段であり、その上に神がもたれたもう御方である。これについては後に語るであろう。それゆえ聖トマス・アクィナスは『神学大全』第二部の二、第百三問第四条、異論二への答において教えて言う。おとめは他の聖人たちにまさりて超崇敬をもって敬われるべきである、と。なぜならば、彼は言う、おとめはその協働によって神性の境界にいっそう近く至りたもうたからである。というのもキリストの受肉において、おとめは自然の力が及びうるすべてのことをなしたもうたのであり、自然が及ばざるところにおいては、神性が引き継いで、その業の本体を単独で完成したもうたからである。


梯子は寓意的に何を意味するか

第二に問う。ヤコブのこの梯子は寓意的に何を意味するか。

聖エウスタティウスは答えて、この梯子はキリストの十字架を意味すると言う。聖アウグスティヌスも『説教集』七十九において同様に述べる。すなわち、梯子に身をもたれかけておられる主とは、十字架に懸かりたもうキリストのことであり、そこから主は花嫁を取り、すなわち教会をご自身に結び合わせられたのであると。まことに適切である。なぜなら十字架は梯子であり、また道であり、それによってキリストと全てのキリスト者は天に上られ、また日々上るからである。

したがって聖ペルペトゥアと聖フェリキタスの殉教録(三月七日)において、我らは次のことを読む。彼女らの勇気を聖アウグスティヌスは詩編48およびその他の箇所でしばしば称賛しているが、彼女らは神より梯子を通してその殉教の前兆としるしを受けたのである。というのは、彼女らが獄に捕らえられていたとき、聖ペルペトゥアは幻のうちに地より天まで伸びる金の梯子を見、その段には多くの剣が結びつけられており、それらは極めて鋭かったため、重い傷を負わずして誰もこれを登ることはできないと思われた。下には恐ろしい龍が横たわり、何人をも上らせまいとしていた。次に彼女は聖サトゥルス(これは彼女の四人の同伴者の一人であり、彼らは主の年二百五年に彼女と共に殉教の冠を受けた)が大いなる勇気をもって梯子を上り、他の者たちに大胆に自分に続くよう勧め、龍を恐れるなと言うのを見た。というのは龍は彼らを止めることができないからである。彼女はそこで目覚めて、この幻を仲間たちに語った。彼らは皆神に感謝を捧げた。なぜなら彼らは自分たちが殉教へと召されているのを悟ったからである。かくも多くの小刀と剣で鋭くされたその梯子は、神が彼らを栄光のうちに天へ導こうとなさる手段であり、地獄の龍はその旅と上昇を妨げることができなかったのである。


受肉の梯子

しかしより適切に、また真実に、ディオドロス、ヴァタブルス、ルペルトゥスは、聖霊がこの梯子をもって御言葉の受肉、すなわちキリストの誕生を表されたと考える。キリストはヤコブより生まれたもうべきお方であり、様々な段、すなわち代々の祖先を通じて下りたもう。その最後の者はマリアと共なるヨセフであり、最上位はアダム、すなわち神によって直接に、媒介なくして創造された者である。

第二に、梯子の両側は慈悲と真実、あるいは約束されたメシアに関する神の真実である。この二つが御言葉をして我らに降らしめ、我らの肉を取らしめたのである。

第三に、この梯子は地に触れる。なぜなら御言葉は地において受肉したまい、その受肉の接触によって地を祝福したもうたからである。また天に触れる。なぜなら受肉したもうキリストは神の御子、すなわち神にして人だからである。というのはキリストはご自身において天的なものと地的なものを、最下位のものと最上位のものを、すなわち神と人とを結び合わせたもうたからである。ゆえにキリストご自身が仰せられる。「天より降りし者のほか、天に上る者なし」と。したがってキリストご自身が我らの梯子であり、これを通じて我らは神に上る。というのは、誰もキリストを通してでなければ父のもとには来ないからである。

第四に、天使たちは下って、この受肉の神秘を人類に告げる。また同じ天使たちは上って、族長たちの熱烈なる願いと祈りを神のもとへと運ぶ。ゆえに聖ペトルス・クリソロゴスは『説教集』第三、受胎告知についてにおいて、受肉を「全ての時代の業」と呼ぶ。なぜならこれにあらゆる時代が労苦し、天使たちを通じて、世界のこの共通の救済について神に対し熱心に取り成しがなされ、ついにおとめの家において天なる業が成就したからである。

第五に、この梯子の段はキリストの諸徳であり、ことに四つである。すなわち、一、誕生における謙遜、二、飼い葉桶における清貧、三、生涯における愛、四、受難における従順。これこそ天への道であり、この道を歩め。

最後に、おとめマリアはその連祷において「ヤコブの梯子」と呼ばれている。聖ベルナルドゥス(あるいはその著者が誰であれ)も彼の『聖マリアについての説教』三九四頁において彼女をこう呼ぶ。彼は言う。「彼女は梯子であり、茂みであり、脱穀場であり、星であり、杖であり、羊毛であり、花嫁の部屋であり、門であり、園であり、夜明けである。というのは彼女はヤコブの梯子だからである。それは両側の間に十二の段を持つ。右側は自己への軽蔑、神への愛に至るまでのそれ。左側は世への軽蔑、御国への愛に至るまでのそれ。この梯子の上昇は謙遜の十二の段階である。第一は罪への憎悪、第二は過ちからの逃避、第三は憎悪への恐れ、第四はこれら全てにおいて創造主に服すること、第五は上長に従うこと、第六は同輩に従うこと、第七は下位の者に仕えること、第八は自己に服すること、第九は絶えず自らの終わりを黙想すること、第十は常に自らの業を恐れること、第十一はへりくだって自らの思いを告白すること、第十二は全てにおいて主の御手と御うなずきと御旨とによって動かされること。これらの段を天使たちは上り、また人を引き上げる。かくして心のうちに上昇が整えられ、段階的な前進と一歩一歩の上昇によって、父の家の光に満ちたる住まいに到達する。これらは十二使徒であり、彼らは荒野においてイエス・キリストの足跡に従うのである」と。


完徳の梯子

ゆえに第二に、聖バシリウスは詩編第一において言う。梯子とは完徳への上昇である。その頂は愛であり、その段は放棄の十の段階である。第一は地上のものを放棄し、使徒たちと共に「見よ、我らは全てを捨てたり」と言えるようになること。第二は同じものを忘れること。詩編45に「娘よ、聞け……汝の民を忘れよ」。第三は同じものを糞のごとく憎み嫌うこと。第四は両親と親族への愛を捨てること。第五はキリストのために自らの魂を憎み、たとえ死の宣告を受けたとしても、自らの命を全く顧みないこと(聖バシリウス言う)。第六は自らの判断と意志を否定すること。第七は常に自らの欲望を死に至らしめ、キリストの「自分を捨て、日々自分の十字架を負え」との御言葉を成就すること。第八はキリストに従い、彼より学ぶこと。なぜならキリストは柔和であり心のへりくだったる者だからである。第九は絶えず有効に隣人を、また敵をも愛すること。第十は(主がそこに現れたもうた段階)、神に密着し、御霊において一つに結ばれること。ペレリウスはかく言う。


梯子は象徴的に何を意味するか

第三に問う。この梯子は象徴的に何を意味するか。

フィロは『夢について』の中で答える。彼は言う。梯子とは魂である。その土台は感覚と地上のものへの欲望であり、その頂は最も純粋なる知性であり、これは黙想の段を通じて神へと上る。ちょうど逆に前述の土台が、欲望の段を通じて地と地上のものへと下るのと同様である。それゆえ、人は土台に従って下ることのないよう、むしろ自らの頂を仰いで上るよう心がけよ。

第二に、同じフィロは言う。梯子とはこの世の生の無常である。そこにおいて、ある者は最上位より最下位へと突き落とされ、他の者は最下位より最上位へと引き上げられる。これはすべて、梯子に身をもたれかけて支配し導きたもう神の御うなずきと御旨によるのである。ピッタコスもまた、アエリアノス第二巻に引用されるように、梯子を運命と変転、幸と不幸の像となした。というのは、幸運なる者は運命の車輪に乗って上り、不幸なる者は下るのだからである。しかしこれらは哲学的観念であり、この箇所における聖霊の御旨には属さない。


梯子は転義的に何を意味するか

第四に問う。ヤコブのこの梯子は転義的に何を意味するか。

テルトゥリアヌスは『マルキオン駁論』第三巻の末尾において答える。この梯子とは、義人らが天へ向けて心に上昇を据える道である。聖霊は知恵の書10:10において同じことをほのめかされる。すなわち、我らのこのヤコブとこの天の梯子の幻について語って、こう言われる。「これ(知恵)は、兄の怒りより逃れる義人を正しき道によって導き、神の国を彼に示したもうた」。ゆえにバルラームはヨサファトに言った。「諸徳は、いわば天の梯子である」と。これはダマスコの聖ヨハネが『バルラームとヨサファトの物語』第二十章で証している。この梯子の両側は信仰と業、あるいは神の御言葉と秘跡、あるいは「耐えよ、慎め」――この二つの言葉は、もし人が守るならば、罪なくして最も平穏かつ最も聖なる生を送るであろう、とエピクテトスはよく言ったのである。

段とは様々な律法と徳の上昇である。またこれらの段は初心者、進歩する者、完全なる者に属し、神はその頂において彼らと一つに結ばれ、彼らを喜び、そこに宿りたもう。神へと上る天使たちとは、と聖グレゴリウスは『モラリア』第五巻において言い、また彼に従って聖トマス・アクィナスは『神学大全』第二部の二、第一八一問、最終項において言うように、黙想的生活を意味する。人事へと下る天使たちは活動的生活を意味する。

ゆえにアルカサルは、これらの天使たちを使徒たち、および他の福音の説教者たちと見なす。彼らは黙想のうちに神より汲み取った知恵を、説教によって人々に注ぎ出すのである。それゆえ、正しく説教するために、説教者はまず黙想によって天の神のもとに上り、語るべきことを神より汲み取らねばならない。ヤコブはこれらの天使たちのうちに、自らの子孫と後裔の予型、すなわち、彼の末裔であるキリストより生まれ、人類に聖人たちの知識を教える福音の伝令たちを見たのである。それゆえ神はヤコブに知恵を与え、啓示したもうたと言われる。知恵の書10:10。


修道生活の規則としての梯子

ここにはヴェロナ司教なる聖ゼノンの解釈もまた属する。彼はこの梯子が二つの契約を意味すると考える。これらの契約は一定の遵守の段を通じて、人を地より神のもとへと導く。下る天使たちは、霊的なものより世俗的なものへと堕ちる人々であり、かつて深紅の衣に育まれた者たちが、今や汚物を抱く者らである。しかし上る者らは、心のうちに上昇を備え、地にあるものではなく、天にあるものを求める義人たちである。

しかしなぜ誰もここで立ち止まらないのか。聖ベルナルドゥスは書簡二五三において答える。なぜなら、このように進歩と衰退の間に中庸は存在しないからである。ちょうど回る車輪の上に座る者が立ち止まることができず、必ず上るか下るかせねばならないのと同じである。おお修道士よ、汝は十分労したと思い、これ以上進みたくないのか。しからば汝は必然的に後退するであろう。汝がここで怠ることは、永遠に取り戻すことはできないのである。それゆえ蟻のごとく、この生において功徳を積み重ねよ。そうすれば汝を待ち受ける永遠の命において、それによって生き、また栄光のうちに生きることができるであろう。「汝の手のなし得ることを、熱心に行え」。汝がこのわずかな時をよく用いたことを、汝は永遠においていかに喜ぶであろうか。

最後に、聖ベルナルドゥスは、その「見よ、我らは全てを捨てたり」の本文についての説教において言う。梯子とは修道生活の規律、すなわち修道会の規則である。例えば、これによって神に愛されしベネディクトゥスは天に上った。その両側は心の謙遜と生活の厳格さである。その段は諸々の規則と徳の行いである。というのは、梯子は狭く、天に導く規律の狭き道を意味する。聖アウグスティヌスが『命題集』命題十九において言うように、「命に至る道は狭い、しかし広げられた心をもってでなければ、これを走り抜けることはない。なぜならキリストの貧者らが歩む徳の道は、信仰者の希望にとっては広く、たとえ信仰なき者の虚栄心にとっては狭くともそうなのである」と。聖アントニヌスは『神学大全』第三部、第二六題、第十章、第十一節において言う。修道生活の善は、ヤコブのかの高貴なる梯子によって表された。その段はほかでもない、読書、黙想、苦行、およびその他、修道生活を構成する諸行である。この梯子の上を天使たちは上り、これらの業を神に捧げ、また下って、修道の魂に花婿の種々の賜物と恵みを代わる代わる運んでくる。神はその上に憩いたもう。というのは、神の恵みと御助けによって我らの全ての努力は支えられ、神がこれを支えたもう限り、倒れることはないからである。神ご自身が上る者たちの堅き支えであり、終点に達する者たちにとっては報いである。それゆえ梯子について真に言える。「これはまさしく神の家にして天の門なり」と。

かくの如く、聖ロムアルドゥスは、その伝記に記されているように、地の最下位より天の頂に至るまで届く梯子の幻によって、これを通じて白衣をまとった修道士たちが上り下りするのを見、驚くべきことに修道生活の完全さと、その修道服がここに意味されていることを悟った。それゆえ彼はその土地を、その領主であるマルドゥルスという名の貴族に請い求めて手に入れ、そこに主の年一〇〇九年、彼の修道会の本修道院を建てた。それは以後「マルドゥルスの野」とも言うべきカマルドリと呼ばれるようになった。それはフィレンツェ近くのアペニン山脈に位置し、現在に至るまで六百年の間、多くの聖なる隠修士たち、すなわち地上の天使たちに満ち栄えている。

同じく聖アントニヌスは聖ドミニコの死を扱って言う。ブレシアの院長は、聖ドミニコが死んだ正にその時、天に開口部が開かれるのを見、それを通して二つの最も輝かしき白き梯子が垂れ下ろされていた。おとめマリアが一つを、キリストがもう一つを支えておられた。天使たちは上り下りしていた。各々の梯子の頂には座が置かれ、その上に座する者は、説教者会の修道士(これが聖ドミニコであった)に似ており、天に向かうかのように、その顔は覆われていた。そしてキリストとその御母は、その座とそこに座する者と共に、梯子を上へと引き上げていった。そして開口部は閉ざされた。この幻によって、聖ドミニコが天の国へと至った道、すなわち、予定の確かなるしるしであり、天への確かなる道は、規則と修道生活であることが意味された。これらは聖ドミニコと他の修道会の創立者たちが神の促しにより設立したものである。また、この生の根源と源、すなわち、おとめマリアの熱心なる模倣、崇敬、およびその結果としての御助けと擁護である。ゆえに教父たちおよび『ロレートの連祷』において、おとめマリアは「天の門」また「天の梯子」と呼ばれるのである。


梯子は上昇的に何を意味するか

第五に問う。この梯子は上昇的に何を意味するか。答える。この梯子は天における聖人たちと天使たちの様々な座席、階級、合唱団を表す。天使たちは人を守るために遣わされるとき下り、帰還するとき上り、義人たちの魂をこの梯子の階級のうちに、すなわち堕ちて悪魔となった天使たちの座席に置く。知恵の書第十章十節においても知恵ある者はこれにほのめかしている。これについては前述した通りである。

ゆえに、この世で戦う聖人たちに、天におけるその場、その冠がしばしば示された。聖ステファノに、また三月九日に記念される四十人の殉教者たちに、聖ニコラオス・トレンティヌスに、聖フランシスコに、聖ウィタリスに。なぜなら聖ウィタリスは、迫害者たちによってキリストを否むことを強いられたとき、かえってより大胆にキリストを告白した。それゆえ彼はあらゆる種類の拷問によって苦しめられ、彼の体には傷のない場所がなかった。しかし殉教者は勇敢なる心で苦しみを耐え、最も熱烈なる祈りを注ぎ出して言った。「主イエス・キリスト、わが救い主、わが神よ、我が霊をお受けくださいと命じたまえ。今や我は、汝の聖なる天使が我に示したる冠を受けんと願うからである」。これらの言葉を語り終えて、彼は天へと飛び去った。証人は聖アンブロシウスと聖ヒエロニムス『処女への勧めの書』である。したがって同じ聖ヒエロニムスは、ユリアンへの書簡、第一巻において正しく言う。「ヤコブは、梯子と、その上より身をもたれかけておられる主を見た。それは主が疲れたる者に御手を差し伸べ、ご自身のご出現によって、上る者たちを労苦へと促すためであった」と。


第十三節:あなたが眠る地

13. 汝が眠る地――カナンの全土。これを汝と汝の子孫に与えん――「汝に」、すなわち「汝の子孫に」である。なぜならここの「と」は説明的、あるいは説明のしるしであり、「すなわち」を意味するからである。


第十四節:あなたにおいてすべての部族は祝福される

14. 汝と汝の子孫において、地の全ての部族は祝福されん。――「汝において」、すなわち起源と親として。しかし「汝の子孫において」、すなわち汝より生まれたもうべきキリストを通じて、彼らは直接かつ近接に祝福される、すなわち義と恵みと救いを賜るであろう。地の全ての部族、すなわちキリストを受け入れ、彼を信じ、彼に従う者たちである。


第十五節:ヤコブに約束された六つの祝福

15. 我が完成するまで――すなわち、我が完成せしめるまでの意である。ここに、悲しみと苦しみのうちにある僕ヤコブに神が約束したもう六つの計り知れぬ祝福を注目せよ。第一は「汝が眠るこの地を我は汝に与えん」。第二は「汝の子孫は地の塵のごとく数え切れず多からん」。第三は「汝において地の全ての部族は祝福されん」。第四は「汝がいずこへ行くとも、我は汝の守護者たらん」。第五は「我は汝をこの地に連れ戻さん」。第六は「我が語りし全てを完成せしむるまで、我は汝を離れじ」


第十七節:この場所はなんと畏るべきか

17. また戦きて――聖なる畏れ、畏敬、畏怖に満ちて。なんと畏るべきか!――神と、梯子によって上り下りする天使たちの御臨在のゆえに、この場所がいかに聖なるものとして、いかなる畏敬と戦きと謙遜をもって敬われるべきか!

これはまさしく神の家に他ならぬ――すなわちここに神は梯子に身をもたれかけ、上り下りする御使いたちと共に住みたもう。カルデア訳はこう訳す。この場所はなんと畏るべきか!これは尋常の場所ではなく、神の御前に御嘉納のある場所であり、この場所の向かい側に天の門がある。

ここを見よ。ヤコブとアブラハムの時代より、神は一定の場所をご自身の御出現、御恵み、御奇跡によって際立たせ、そこで礼拝され、呼び求められることを望みたもうた。しからば新奇の者たちはなぜロレートのおとめ、ハルのおとめ、アスプリコリスのおとめに対してなぜ騒ぎ立てるのか。

テルトゥリアヌスは『逃避について』の書において、ヤコブはこの幻においてキリストを見たと考える。キリストは神の家であり、同時に我らが天に入る門であり、彼はこのことをこれらの言葉によって理解し、暗示したのである。

また天の門――すなわちそこから、我は天使たちが出で行くのを見た(彼らが梯子を下るとき)。また入って行くのを(彼らが梯子によって神のもとへ上るとき)。

寓意的には、教会はベテル、すなわち神の家、天の門である。なぜならその中に、ご自身の家のごとく、神は霊的にも、またエウカリスチアにおいて現実かつ肉体的にも、そのご臨在によって住みたもう。また教会の中に、キリスト(その先祖であり予型がヤコブであった)の功徳がある。これによって天の門は開かれたのである。

ルペルトゥスかく言う。カイエタヌスを参照せよ。しからば、この場所とこの石がかくも尊厳で畏るべきものであったならば、キリスト者の教会はいかなるものであろう。そこには影、すなわち契約の箱が(モーセの幕屋で行われたように)保存されているのではなく、全能者ご自身、万物の創造主が、最も尊厳なる秘跡の白き覆いの下に、雲のうちにあるかのごとく、まことに住みたもうのである。実に聖ヨハネ・クリソストモスはコリントの信徒への手紙一講話36において言う。「教会は」と彼は言う。「天使たちの場所であり、大天使たちの場所であり、神の御国であり、天そのものである。もし汝信ぜざれば、この食卓を見よ」、すなわち祭壇を見よ、と。


第十八節:彼は柱として立てた

18. 彼は柱として立てた――その石、すなわち彼が眠っていた岩を、ヤコブは持ち上げて直立させた。それは自分に対してなされた幻と出現の記念碑となるためであった。

注せよ。「タイトル」(titulus)は四つの意味で用いられ、四つのことを意味する。第一に、タイトルとは書物のタイトル、十字架の罪状書きのごとく、事物の銘である。第二に、タイトルとは勝利の、あるいは注目すべき業のトロフィーとして立てられた柱、あるいはピラミッドである。第三に、タイトルとは礼拝と崇拝のために立てられた像、画像、あるいは偶像である。レビ記26:1で禁じられているタイトルのごとし。第四に、タイトルとは、何らかの出来事(例えばヤコブになされた天使の幻)の記念と表示として置かれ、あるいは立てられた木、石、その他の物である。というのは、ヤコブはこの石を柱として立て、ハランより故郷に帰るとき、同じ場所でこの神の恩恵を想起し、敬うためであった。それは創世記35:5に記されている通りである。

ゆえに彼はまたこの同じ石を祭壇として聖別した。これは本章最終節で明らかとなる。それゆえこの柱は記念碑のみならず、祭壇をも意味する。したがって初期のキリスト者たちは、ヤコブの例に倣い、その教会を「タイトル」(tituli)と呼んだ。すなわち、タイトル、つまり十字架のしるしからと、タイトル、つまりある聖人の名よりであり、その聖人の栄誉のためにそれらは名づけられ、すなわち命名され、聖別され、区別されたのである。聖プラクセデスのタイトルは聖プラクセデスの教会であり、聖ラウレンティウスのタイトルは聖ラウレンティウスの教会であるがごとし。この話し方は初期の教皇たちの『生涯録』にしばしばある。ヤコブス・グレツェル『聖十字架について』第二巻、第七章にかく言う。またこれらのタイトルより枢機卿たちはその称号と姓を取った。ヒエロニムス・プラトゥス『枢機卿の尊厳について』第二章に教える通りである。


第十八節:油を注ぐこと

その上に油を注ぐ――聖別のしるしとして、とアブレンシスは言う。なぜなら聖別される物は油によって塗油されるからである。したがって、この油を注ぐことは奠酒あるいは犠牲ではなかった。というのは、油のみを奠酒あるいは犠牲として神に捧げた例はどこにも見当たらないからである。それゆえヤコブはこの神の幻から朝に目覚めて、近くのルズという町から油を持ち来り(彼はこの町を後にベテルと名づけたとアブレンシスは言う)、その油で、眠っているうちにかく驚くべき幻が自分に起こった石を塗り、それを塗ることによって、これをいわば神に聖別したのである。ゆえに彼は後にこれを聖別された祭壇として用い、その上で犠牲を捧げた。これは創世記35:7より明らかである。

このようにヤコブの例に倣って、教会は祭壇と教会堂を聖なる塗油をもって神に献げ、聖別する。この塗油の道徳的意義については聖ベルナルドゥスの『教会の献堂について』の説教を見よ。さらに、テオドレトスは、敬虔なる女たちは殉教者たちの聖遺物箱を似たような塗油をもって塗る習慣があり、それは聖遺物の聖性と、自らの聖遺物への信心の両方を証するためであると言う。それゆえ悪魔もまた、神と聖人らの猿真似として、自らの聖なる儀式においてこの塗油を真似、その追随者たちを説得して、石に油を塗りテルミヌス神に聖別させたのである。聖アウグスティヌスかく言う。『神の国』第十六巻、第三十八章。

寓意的には、聖アウグスティヌスは同じ箇所で、ここにキリストとキリスト者たちの塗油(クリスマ)が意味されていると考える。なぜならキリストは教会の隅の親石であり(エフェソの信徒への手紙2:20)、その仲間たちに勝りて喜びの油をもって塗油し、かつ塗油された方だからである。


油の転義的意義

転義的には、油は恵みと徳の象徴である。油が持つ八つの特性、類比、類似のゆえである。というのは、第一に、油は照らす力を持つ。なぜなら油は光と燭台の糧であり燃料だからである。第二に、油は食物に風味を加える力を持つ。これは健康のために有益に、味のために快く、その両方においてである。第三に、油の力は他の液体の上に浮かぶことである。第四に、傷を温め痛みを和らげることである。なぜならルカ10章では、かのサマリア人は強盗によって半死の状態で瀕死の打撃を受けた者の傷を、油とぶどう酒を注ぎて巻いたからである。第五に、顔を楽しくし、疲れ弱った肢体を回復させることである。ゆえに詩編104にかく言う。「油をもってその顔を楽しくせんがため」。第六に、労苦を軽くし、困難を減らすことである。これにはイザヤ書10のかの言葉が関わる。「くびきは油の御前に朽ち果てん」。第七に、体を活性化し強化し、レスリングと戦闘に適するものとすることである。アスリートたちの間で行われていたごとし。第八に、柔らかくし豊かにすることである。詩編23のかの言葉に従う。「汝は油をもってわが頭に塗りたり」。ゆえに、その柔らかさと豊かさのゆえに、油は慈悲の象徴として慣習的に用いられる。これらのことすべては、恵みと諸徳にたやすく当てはめられる。


第十九節:彼はそれをベテルと呼んだ

19. 彼はその町の名をベテルと呼んだ。それは以前はルズと呼ばれていた。――この町は以前ルズあるいはルザと呼ばれていた。胡桃あるいは扁桃の木が豊富にあったことからである(というのはヘブライ語でluzは「胡桃」を意味する。聖ヒエロニムス『ヘブライ問題集』かく言う)。ヤコブはこれをベテル、すなわち「神の家」と呼んだ。なぜなら彼はこの傍らで眠っていて、神が梯子に身をもたれて憩いたもうのを見たからである。

このベテルは、ヘブライ人、リラヌス、カイエタヌスが主張するようにエルサレムあるいはモリヤ山ではない。しかしアブレンシス、アドリコミウス、他の者たちが正しく主張するように、エルサレムから十八マイル以上離れた町で、エフライム族の領地内、シケム近くにあった。ヤロブアムは、ここと、また同じく自分の王国の最果ての境界であるかのようにダンとに、自分の金の子牛を民に拝ませるために置いたが、この目的のためにヤコブの例を悪用したのである。ヤコブは同じ場所でこの石を柱として立てていた。ゆえにこのベテルは預言者らによって、反意的に、ベト・アベン、すなわち「偶像の家」、あるいは「不義の家」(テオドティオンが訳すように)と呼ばれる。ホセア書4:5および4:10。

ある者たちはベテルが二つあったと考える。一つはここエフライム族におけるもの、他はベニヤミン族におけるもので、アイ近く、ヨシュア記18:22が述べるものである。しかしアンドレアス・マシウスはこれに反駁し、同じ一つのベテルがあり、それはルズの領域に位置していたので、ルズ自体からいくらかの距離があったが、時にはルズ自体もベテルと呼ばれたことを証明する。これらのうちどちらがより真実であるかは、ヨシュア記18と士師記1で論じることとする。


第二十一節:主はわが神となりたもう

21. 主はわが神となりたもう。――主はすでに、また生まれて以来ヤコブの神でいましたもうた。ゆえにその意味は、あたかもこう言うがごとし。もし神が我に食物と衣服と故郷への安全なる帰還を与えたもうならば、我はこれより後、これまで崇めてきたよりも特別かつ大いなる礼拝をもって神を崇めることを、神に誓い、約束する。すなわち、犠牲のためにも、またその他いかなる神への礼拝のためにも、十分の一を献げる。メソポタミアより帰還した後は、この場所を神に祭壇と神殿、あるいは聖堂として献げる、と。なぜならヤコブ自身がその誓いをこう解釈しているからである。以下の箇所でこれが明らかになる。カイエタヌスも正しくこれを指摘している。

道徳的には、ルペルトゥスはヤコブの言葉「もし神が我と共にいまし、我にパンを与えたまわば」を強調して言う。「彼はこれを貧しき者として、まことに神の乞食として言った。これは驚くべきことではない。なぜなら最も偉大なる王ダビデも『されど我は乞食にして貧しき者なり』と言うからである。かくしてよき模範が我ら子らに父祖たちより与えられた。すなわち、我らがいかに富める者であれ、皆が神の恵みの門前の乞食のごとく、『我らの日用のパンを今日我らに与えたまえ』などと言い、王が輝ける玉座の上にあっても、寡婦が臼の傍らに座していても、双方に劣らず必要なる食糧を創造することがおできになる神御一人より、これが我らに恵みとして来ることを認めるためである」と。さらに、ヤコブはパンを求め、肉も鶉も求めなかった。なぜなら、ニュッサの聖グレゴリウスが『祈りについて』で教えるように、「我らは体の本性を保つのに足るものを求めるよう命じられている。『パンを与えたまえ』と我らは神に言う。贅沢ではなく、美味でもなく、金の飾りでもなく、宝石の輝きでもなく、野でも、諸国の統治でも、絹の衣服でも、音楽の娯楽でも、また魂が神と高きことへの配慮より引き離される何ものでもなく、ただパンを」。またさらに言う。「汝が自然に負うものはわずかである。なぜ汝は自らに対して租税を増やすのか。腹は常に租税を徴収する役人である、云々。地よりパンを生ぜしめたもう方に、鴉たちを養いたもう方に、全ての肉に食物を与えたもう方に、御手を開きてあらゆる生けるものを祝福で満たしたもう方に言え。『汝より我は命を持つ。汝より命の糧もまた我に来たらんことを。パンを、すなわち正しき労働より食物を得られるようにと、我に与えたまえ』。なぜなら神が義でいますならば、不正かつ欺瞞によって得た物より食物を持つ者は、神よりパンを持つのではないからである」と。

最後に、聖ヨハネ・クリソストモスは講話54において「我にパンを与えたまわば」について考察する。ヤコブは実に、キリストが後に教え、制定したもうた祈り、すなわち「我らの日用のパンを今日我らに与えたまえ」を先取りしていた。「その日の糧」と彼は言う。それゆえ我らは、神より何も時的なるものを求めないようにしよう。というのは、これほど寛大で、かくも大いなる力に優れたもう方に、現世で消滅し大いなる変転のあるものを求めることは甚だ相応しくない。かくのごときは全ての人間的なるものである。汝が富について語ろうと、権力について、あるいは人間的な栄光について語ろうと。しかし我らは常に存続し、十分で、変化なきものを求めよう、と。


第二十二節:この石は神の家と呼ばれん

22. 我が立てたるこの石は、神の家と呼ばれん。――これは換喩である。なぜなら置かれたるものが場所を代理するからである。あたかもこう言うがごとし。この石が、我が適用し、指定し、いわば聖別することによって立っているこの場所は、聖なるものとなり、聖なるものと呼ばれ、神の家あるいは住まいとなるであろう。そしてこの石の上に、祭壇の上のごとく、我は神に犠牲を捧げる、と。カルデア訳、カイエタヌス、リポマヌスらかく言う。これが意味であることは創世記35:7より明らかである。というのはそこでヤコブはハランより戻ってこの誓いを成就し、この石の上に、祭壇の上のごとく、神に犠牲を捧げるからである。

我は汝に十分の一を捧げん。――ゆえにカルヴァンに反して明らかである。すなわち、神によって命じられていない業も、敬虔かつ宗教的に誓願できるということが。というのは、このような業が、ヤコブがここで誓願している十分の一献納である。