コルネリウス・ア・ラピデ

創世記 第二十九章


目次


序論

ヤコブはハランに至ってラバンのもとに到着する。第二に、十八節において、ラケルとレアのために彼に十四年間仕える。第三に、三十二節において、レアはルベン、シメオン、レビ、そしてユダを産む。


ウルガタ本文:創世記29章1-35節

1. それゆえヤコブは旅立ちて、東の地に至れり。2. 彼は野に井戸を見、そしてその傍らに横たわる三つの羊の群れを見たり。すなわちそこより家畜は水を飲まされ、その口は大いなる石をもって閉じられていたり。3. 習わしとしては、すべての羊が集められしとき、彼らは石を転がし、群れに水を飲ませた後、再び井戸の口の上に石を置くのであった。4. ヤコブは牧者たちに言えり、「兄弟たちよ、汝らはいずこより来たりしか」。彼ら答えて、「ハランより」と言えり。5. さらに彼らに問いて言えり、「汝らはナホルの子ラバンを知るや」。彼ら言えり、「我らは彼を知る」。6. 「彼は息災なりや」と彼問えり。「息災なり」と彼ら言えり、「見よ、彼の娘ラケルが群れとともに来たる」。7. ヤコブ言えり、「日はなお多く残れり、群れを囲いに連れ戻す時ならず。まず羊に水を与え、しかる後に牧場へ連れ戻せ」。8. 彼ら答えて、「我ら能わず、すべての家畜が集められ、我らが井戸の口より石を取り除き、群れに水を飲ませるまでは」と。9. 彼らなお語りあう間に、見よ、ラケルはその父の羊とともに来たれり。彼女自ら群れを牧していたからなり。10. ヤコブ彼女を見、そして彼女が自らの従妹であり、羊がその伯父ラバンのものであることを知りしとき、井戸を閉ざしていた石を取り除けり。11. 群れに水を飲ませし後、彼女に口づけし、声を上げて泣けり。12. そして彼女に、彼が彼女の父の兄弟であり、リベカの子であることを告げたり。彼女は急ぎその父に告げ知らせり。13. 彼はその姉妹の子ヤコブが来たりしと聞きしとき、走り出でて彼を迎え、彼を抱きしめ、幾度も口づけして、その家に連れ入れり。彼は旅の事情を聞き、14. 答えて、「汝は我が骨、我が肉なり」と言えり。一月の日々が満ちたる後、15. 彼は彼に言えり、「汝は我が兄弟なるがゆえに、報酬なくして我に仕うるや。いかなる報酬を受けんと欲するか、我に告げよ」。16. さて彼には二人の娘あり、姉の名はレア、妹はラケルと呼ばれていたり。17. レアの目は弱かりしが、ラケルは姿美しく、見目麗しかりき。18. ヤコブは彼女を愛して言えり、「汝の末の娘ラケルのために、七年間汝に仕えん」と。19. ラバン答えて、「汝に彼女を与うるは、他の男に与うるよりも良し。我のもとに留まれ」と言えり。20. かくてヤコブはラケルのために七年間仕えたり。その愛の大いなるがゆえに、日々は彼には僅かなものと思われり。21. 彼はラバンに言えり、「我が妻を我に与えよ、時はすでに満ちたれば、我は彼女のもとに入らん」と。22. 彼は多くの友の群れを宴に招きて、婚宴を催せり。23. そして夕べに、その娘レアを彼のもとに連れ入れ、24. 娘にゼルパという名の侍女を与えたり。ヤコブが習わしに従って彼女のもとに入りし後、朝になりて、彼はレアを見たり。25. 彼はその舅に言えり、「汝がなそうとせしことは何ぞや。我はラケルのためにあなたに仕えたるにあらずや。なぜ我を欺きしや」。26. ラバン答えて、「我らの所においては、姉より前に妹を嫁がせる習わしはなし。27. この結びの一週間を満たせ。しかして我はこの者もまた汝に与えん、汝がさらに七年間我に仕うるその労に対して」と。28. 彼はその提案に同意せり。一週間が過ぎし後、ラケルを妻として迎えり。29. 彼女の父は彼女に侍女としてビルハを与えたり。30. かくして望み通りの結婚を得たる後、彼は後の妻への愛を先の者への愛よりも優れたるものとし、彼のもとにさらに七年間仕えたり。31. 主はレアが軽んじらるるを見て、その胎を開きたまえり。しかれど彼女の姉妹は不妊のままなりき。32. 彼女は身ごもりて一人の子を産み、その名をルベンと呼び、言えり、「主は我が卑しめらるるを見たまえり、今こそ我が夫は我を愛するであろう」と。33. 再び身ごもりて子を産み、言えり、「主は我が侮られたるを聞きたまいて、さらにこの者をも我に賜えり」と言い、その名をシメオンと呼べり。34. さらに三度目に身ごもりて、もう一人の子を産みて言えり、「今や我が夫も我と結ばれん。我は彼に三人の子を産みたればなり」と。ゆえに彼女はその名をレビと呼べり。35. 四度目に身ごもりて子を産みて言えり、「今や我は主を讃美せん」と。このゆえに彼女はユダと呼び、産むことを止めたり。


第一節:それゆえヤコブは旅立ち

1. それゆえ旅立ち。——ヘブライ語では彼はその足を挙げたであり、いわば次のように言うようなものである。ヤコブは梯子に寄りかかる神の幻と自らの誓いによって強められ、奮い立たされ、心躍らせてハランへと旅した。神がその約束に従って、道において彼の導き手となり、またかならず彼を連れ戻してくださることを、彼は疑うことがなかったのである。

ヨセフスはここでも他の箇所でも、時として聖史を十分忠実には語っていない。というのは、彼はヤコブが旅の多くの同伴者を持っていたと述べるが、ヤコブ自身は、同伴者ではなく、ただ一本の杖のみに頼ってこの旅を成し遂げたと主張しているからである(創世記32:10)。

東の地に——メソポタミアへであり、これはパレスチナの東方に位置する。


第三節:習わしとしてそのようであった

3. 習わしとしてそのようであった。——この井戸を閉じる理由は、それらの地方における水の不足であり、またいかなる者も水を汚したり濁らせたりしないためであった、とアブレンシスは言う。したがって牧者たちは、その群れとともに井戸のもとに集まり、それを閉じていた大きな石を取り除き、こうして群れに一斉に水を飲ませ、その後再び石を転がして、それによって井戸の口をふさいでいたのである。


第四節:兄弟たち

4. 兄弟たち——すなわち、仲間、友のことである。牧者が同じ牧者たちに呼びかけるようにして言ったのである。


第五節:ナホルの子

5. ナホルの子——ナホルの孫のことである。なぜなら、ラバンはベトエルの子であり、ベトエルはナホルの子だったからである。したがってここでナホルが名を挙げられているのは、彼がその家族の頭であり家長であったからである。そのゆえにハランもまた「ナホルの町」と呼ばれている(創世記24:10)。


第九節:見よ、ラケル

9. 見よ、ラケル。——あの古代の時代の慎ましさと素朴さを見よ。見よ、美しく、豊かで、結婚適齢期の乙女であるラケルが、貞潔の危険もなく、また邪な疑いもなく牧者たちの間に身を置き、羊の群れを牧しているのである(ラケルはヘブライ語で「羊」を意味する)。


第十節:彼は石を取り除いた

10. そして彼は知った——牧者たちの言葉から知ったのである(六節参照)。彼は石を取り除いた。——多くの牧者が一緒になっても為しえなかったことを、ヤコブはただ一人で成し遂げた。このことから、彼が非常に大きな生まれつきの力を備えていたことが明らかであり、その力を彼はたえざる節制と貞潔によって増していたのである。ヤコブがこれを為したのは、従妹であり将来の妻となるべきラケルへの愛のゆえであった。


第十一節:彼は彼女に口づけした

11. 彼は彼女に口づけした。——これは友情の口づけであり、これによって兄弟や親族は、別れるときや再会するときに互いに口づけし、口づけをもって挨拶したり別れを告げたりする習わしである。聖アウグスティヌスが『問題集』第八十七問でこのように述べている。

彼は泣いた——親族たちが、長く会わずに深く愛する親族と出会うとき、喜びのあまり泣く習いであるように、ヤコブもまた泣いたのである。

ヘブライの学者たちとリラヌスは、ヤコブがラケルに贈るべき金銀を持っていなかったゆえに泣いたのだと考える。なぜなら、彼らが言うには、エサウの子エリファズが、父から奪い取られた長子の権をめぐってヤコブを恨み、旅の途上で彼を追跡して捕らえ、これらのものを奪い去ったからだというのである。しかしこれらはユダヤの作り話である。


第十二節:彼女の父の兄弟

12. 彼が彼女の父の兄弟であること。——「兄弟」とはすなわち甥のことである。ヤコブはリベカの子であり、リベカはラバンの姉妹であり、ラバンはラケルの父だったからである。したがってラバンはヤコブの伯父であり、その結果ヤコブはその姉妹を通してラバンの甥であった。そしてラケルとヤコブは従兄妹同士だったのである。

彼は旅の事情を聞き。——ヘブライ語ではそしてヤコブはラバンにこれらすべての言葉を告げたとあり、すなわち彼自身がいかにしてその兄エサウから逃れ、両親によってラバンのもとへ遣わされて、そこから妻を求めることとなり、またいかにして井戸のところでラケルに出会ったかを告げたのである。


第十四節:汝は我が骨、我が肉である

14. 汝は我が骨、我が肉である——汝は我が甥であり、我が血を分けた親族である。創世記2章23節を参照せよ。汝が我のもとへ、いわば伯父のもとへ、保護のためにも結婚のためにも逃れて来たのだから、我は甥である汝に対して何事をも拒むことはできない。甥よ、恐れを捨てよ。我のもとに留まり、安らかであるがよい。そして我が家族の中から妻を選べ。我が家は汝の家となるであろう。ある人々は、ラバンはこの表現によって、多くの古代の哲学者が伝えたこと、すなわち骨は胎児の中で男の精液から生じ、男性のものを取り巻く母体の生殖物質からは肉そのものが形成されるという説を念頭に置いていたと考える。

それらが満ちた後——一月が経過した後のことであり、その間ヤコブは報酬なしにラバンに仕えていた。というのは、ヤコブは伯父の家で怠けて過ごし、働きなしにパンを食べることを望まなかったからである。それゆえ彼はただちに家の仕事と羊の世話に身を捧げた。それゆえにラバンはまもなくすべての羊の管理を彼に任せた、とヨセフスは言う。


第十五節:兄弟

15. 兄弟——すなわち親族のことである。


第十七節:レアの目は弱かった

17. 彼女の目は弱かった。——ヘブライ語ではレアの目はraccotであったとあり、すなわち柔らかく、弱く、虚弱である、と七十人訳は訳している。したがって、カルデア語訳が「柔らかい」を「優美な」と解釈するのは誤りである。そうすると、レアはその目だけが美しく優美であり、ラケルはその顔全体が美しかったということになってしまう。

第二に、ある人々はアレフを加えて、raccotの代わりにaruchotと読み、すなわち「長い」と解する。あたかもレアが長く、したがって不格好な目をしていたかのようにである。しかしこれらの人々は一文字を加えることによって本文を変え、損なっているのである。

第三に、他の人々は、レアが本来の意味での目やにの病を患っていたと考える。というのは、我らが用いる訳者が意図しているのはこのようなことに思われるからである。第四にしてもっともよい解釈は、レアの目の弱さは、ただ目の柔らかさ、繊細さ、優しさのみであったと思われる、というものである。これによって目は何らかの対象に長く固定しておくことができず、よく動きやすく、涙に傾きやすく、ゆえに瞳があたかもその眼窩の中を泳いでいるかのように見えるのである。ヘブライ語のraccotが意味しているのはこのことだからである。

転義的解釈として、聖グレゴリウスは『牧会規範』第一部第十一章でこう述べている。目やにの患者とは、その目、すなわち知性の鋭さが湿気、すなわち地上の愛着と業によって曇らせられている者のことである、と。

注意せよ。妻を求めるにあたっては、まず第一に徳と品性が考慮されるべきであるとはいえ、妻のうちに美しさもまた二次的に考慮することはできる、ということを。その理由は二つある。一つには、夫婦の愛も欲望もともに彼女のうちに留まり、他の女に逸れることがないためである。もう一つには、美しい妻からはより活力に溢れ、より美しい子孫が生まれるためである。アブレンシスがこのように言っている。聖トマス・アクィナスが、美しさのみのために妻を娶ることは許されない——すなわち、美しさのみが汝を独身から結婚へと呼び招くようなことは許されない——と教えるとき、意味しているのもこのことである。しかしながら、汝がすでに結婚を望むという前提のもとにおいては、醜い女よりも美しい女を選ぶことは許されるのであり、これはより快い共同生活と、より堅固な愛のためである。


第十八節:我は汝に仕えん

18. 我は汝に仕えん。——注目すべきは、ヤコブはこれほど長く厳しい奉仕によって、古代の慣習に従い、自らにレアもラケルも妻として買い取ったということである。というのは、ギリシア人、ローマ人、そしてヘブライ人の間では、男たちは代価を支払って自らに妻を買うのが習わしだったからである。こうしてダビデは百人分のペリシテ人の包皮をもってミカルを買い取ったのである(サムエル記上18:25およびサムエル記下3:14参照)。この妻の購入については、出エジプト記4章25節においてさらに詳しく論じることとする。


第二十節:日々は僅かに思われた

20. その愛の大いなるがゆえに、日々は彼には僅かに思われた。——汝は言うであろう、「愛は遅延に耐えられず、少ない日々をも多いものと見なすのではないか」と。

私はこう答える。これは実際的に真実であり、評価的に真実ではない、と。というのは、ラケルを得るという情愛と願望に関しては、奉仕の日々はヤコブにとって非常に多いものと見えた。しかし評価的には、すなわちこれほどの美しい褒美に対しては、この奉仕の代価は彼には僅かに思われ、これほど長い労苦の日々は少なく、小さいものと思われたのである。すなわち彼の労苦は、これほど大いなる報酬と比較するとき、彼には小さなものと思われたのである。したがってここで日々は、換喩によって、それらの日々の労苦の代わりに置かれているのである。聖ヒエロニムスと聖アウグスティヌスがこのように言っている。


第二十二節:彼は婚宴を催した

22. 彼は婚宴を催した ― すなわち婚礼の祝宴である。これがヘブライ語の mishte である。それゆえこの時から、婚礼に際して祝宴が催されるようになったが、敬虔な人々は神への畏れをもってこれを行った。そのことはトビト記9から明らかである。アテナイオスは『ディプノソフィスタイ』第5巻において次のような理由を挙げている。すなわち、慣習と法律によって、婚礼に際して宴を催すことが定められている。それは第一に、婚姻を司る神々に敬意を表するためであり、第二に、結婚した両人がその婚姻に満足していることを客人たちに対して証しするためである。しかしこれらの祝宴は、次第に大きな奢侈と濫用にまで発展していった。聖ヨハネ・クリソストモスはここで詳しくそのことを述べている。


第二十三節:夕べに

23. そして夕べに ― 処女たちが結婚するとき、慎み深さのために、暗闇の中で夫の部屋に入るのが常であった。スパルタ人の間では、リュクルゴスがこれを定められた法として制定したのであり、そのことはプルタルコスも証言している。


第二十四節:朝、彼はレアを見た

24. 朝、彼はレアを見た ― レアは親に従うことによって罪を犯した。なぜなら彼女は姦淫、いな、姦通および近親相姦に同意したからである。すなわち彼女はヤコブが自分の夫ではなく、姉妹ラケルの夫であることを知っていた。しかしラバンはさらに重い罪を犯したのであり、彼はその権威と助言によって彼女をこの行為に導いた。ヤコブはその無知ゆえに免れる。彼は善意のうちに、相手がレアではなくラケルであると思っていたのである。


象徴的解釈:観想と行動としてのラケルとレア

象徴的には、サン・ヴィクトルのリカルドゥスは『十二族長について』の書の中で、これらの事柄を次のように説明している。しかしラケルが望まれながらレアが身代わりに置かれることは、このことがいかにしばしば起こるかを、聞くことによってよりも経験することによって学んだ者たちには容易に分かる。なぜなら、我々が聖書を「ラケルの部屋」と呼ぶのは、そこには神的知恵が寓意のふさわしい覆いの下に隠されていることを疑わないからである。そのような部屋において、聖なる読書のうちに霊的理解が追求されるたびに、ラケルが求められる。しかし我々が高邁なことに達するにはなお十分でない限り、長く望まれ熱心に求められたラケルをまだ見出していない。それゆえ我々は呻き、嘆息し、嘆くだけでなく、自分の盲目を恥じ始める。そしてそのとき、ラケルの部屋において我々が見出したのは彼女ではなくレアであることを疑ってはならない。なぜならラケルの務めが理解し、瞑想し、観想することであるのと同様、レアの務めは確かに泣き、呻き、嘆息することだからである。


第二十七節:一週間を満たせ

27. この契りの日々の一週間を満たせ ― その間、あなたはレアと婚姻と夫婦の愛情のうちに結ばれる。なぜなら最初の結合は姦通であって、婚姻ではなかったからである。それゆえラバンは、過ちが発覚した以上、ヤコブが自分の知ったレアを妻として受け入れることを望み、ヤコブもレアの慎みと名誉を守るためにそうしたのである。

したがってその意味は、ラバンが次のように言ったかのようである。ヤコブよ、このレアの祝祭の七日間を過ごさせよ。その間、慣習に従って彼女の婚礼が祝われる。これらが満たされたとき、私はあなたにラケルも与えよう。ただし、あなたが彼女のために私にもう七年仕えるという条件のもとにである。なぜならもし彼女の婚礼の日々のうちに、あなたが彼女の姉妹を妻として迎え入れるならば、それはレアにとって恥辱と不名誉となるからである。このことから、当時は婚礼の祝宴と宴が七日間にわたって催されるのが慣例であったことが明らかになる。今日では三日間である。同じことが士師記14:12にも示されている。


第二十八節:彼はラケルを妻として迎えた

28. 一週間が過ぎたとき、彼はラケルを妻として迎えた ― それゆえヨセフスは、ヤコブが奉仕の二度目の七年の後、すなわちヤコブがハランに逃れて到着してから十四年後、その間彼がラバンに仕えた後に、ラケルと結婚したと主張しているが、これは誤っている。なぜならこの箇所およびそれに続く記述から、ヤコブがレアとの婚姻から七日間が満たされた後にラケルと結婚し、その後さらに彼女のために七年仕えたことが明らかだからである。同じことは、不妊のラケルと多産で子を産むレアとの競争からも明らかであり、第三十一節に見られる。聖ヒエロニムス、聖アウグスティヌス、アルクイン、その他の人々もそう述べている。


転義的解釈:観想的生活と活動的生活としてのラケルとレア

転義的に、姉妹としてのラケルとレアは二つの生、すなわち観想的生活と活動的生活を意味している。まずレアが、すなわち労苦する者(ヘブライ語でレアとはこの意味である)、かつ目のかすんだ者が妻として迎えられなければならない。なぜなら彼女は地上のことに心を向け、不安を抱き、さまざまに気を散らされる活動的生活だからである。次にラケル、すなわち羊、つまり観想の静けさが来る。これは美しいものであるから、ヤコブがラケルを愛したのと同じだけの愛をもって、我々もそれを追い求めるべきである。聖グレゴリウスの『モラリア』第6巻第28章、および聖アウグスティヌスの『ファウストゥス駁論』第22巻第52章を参照せよ。

また聖ベルナルドゥスは、その姉妹に宛てた『善き生き方について』の第53章において次のように述べている。活動的生活は、この世の労苦のうちに神に仕える。すなわち貧しき者たちを養い、彼らを受け入れ、彼らに衣を着せ、彼らを訪問し、彼らを慰め、彼らを葬り、その他の慈善の業を彼らに施すことによってである。しかもレアは子において豊かに実り多い。なぜなら活動的な者は多く、観想的な者は少ないからである。ラケルは「羊」あるいは「始まりを見る者」と解釈される(すなわちラケルは raa chel、すなわち「彼女は始まりを見た」のようなものと言われる)。というのも、観想的な者たちは羊のように素朴で無垢であり、世のあらゆる喧騒から遠く離れ、ただ神の観想のみに結びつくことによって、「私は始まりであり、あなたに語っている者である」と言われる方を見ることができるからである。

またそのわずか前では次のように述べている。もはや何かをすることが喜ばしいのではなく、世のあらゆる心配を軽んじて、魂は創造主の御顔を見たいと熱望し始める。そのため今や朽ちる肉の重みを悲しみをもって担うことを知り、そのすべての望みをもって天使たちの賛美の歌声に満ちた合唱隊のもとに臨在することを願い、天上の市民たちと交わることを望み、神の御前において永遠の不朽に喜ぶことを願うのである。

さらにその後では次のように述べている。活動的生活が現世の生の墓であるのと同様に、観想的生活は活動的生活の記念碑である。なぜなら、そこに昇る者たちは観想の静けさの中に葬られるからである。これをマグダラのマリアが選んだのであり、それゆえにキリストから次のように言われた。「マリアは最も善き部分を選んだ。それは彼女から取り去られることはない」。それゆえ、死者のように、現世の愛から自らを引き離し、墓に葬られたかのように、世のことに心を留めてはならない。

また聖トマス・アクィナスは『神学大全』第二部の第二部、第百八十二問題、第一項において、ラケルはレアにまさっていること、すなわち観想は行動にまさっていることを教え、これを八つの理由によって証明している。第一に、観想的生活は人間の中で最も優れたもの、すなわち知性に従い、かつその固有の知解対象に関して、人間にふさわしいからである。第二に、活動的生活よりもさらに継続的でありうるからである。第三に、より聖なる喜びをもたらすからである。なぜなら聖アウグスティヌスが『主の言葉について』の説教第26で述べているように、「マルタは煩わされ、マリアは享受していた」からである。第四に、観想的生活においては人は自足しているからであり、より少ないものを必要とするからである。第五に、観想的生活はそれ自身のために愛されるのに対し、活動的生活は他のものに向けて秩序づけられているからである。第六に、それは休息のうちに存するからである。第七に、観想的生活は神的事柄に関わり、活動的生活は人間的事柄に関わるからである。第八に、それが人間に固有のもの、すなわち知性に従うからである。

それゆえ従順と愛徳が許す限り、活動的生活を追い求めるよりも観想的生活を抱くほうが優れている。これが聖アウグスティヌスが『神の国』第19巻第19章で教えていることである。彼は言う、聖なる閑暇は真理への愛によって求められ、正しき職務は愛徳の必要によって引き受けられる。しかし誰もこの重荷を課さないならば、真理を認識し観想することに自由を与えるべきである。聖ベルナルドゥスは『聖母被昇天について』の説教第3で述べている。幸いなる家、そしてとこしえに祝福された会衆。そこではマルタがマリアについて不平を言う、すなわち神的事柄の観想が非常に優位に立ち支配するので、外的な活動がそれについていわば不平を言うほどである。不幸なる会衆、それはマリアがマルタについて不平を言うところである。なぜなら、マリアすなわち観想には何の時間も与えられず、すべてが外的な事柄に費やされるからである。

象徴的にはサン・ヴィクトルのリカルドゥスが『十二族長について』第2巻、すなわち『ベンヤミン・ミノル』と題された書の中で次のように述べている。ラケルは知恵の追求であり、レアは正義の欲求である。しかし我々は、ヤコブがラケルのために七年仕え、それらが彼にとって、その愛の大きさゆえにわずかな日々のように思われたことを知っている。なぜ驚くのか。彼女の美しさの大きさに応じて、彼の愛の大きさがあったのである。なぜなら知恵よりも甘美に所有され、熱烈に愛されるものがあろうか。その美しさはあらゆる麗しさを凌ぎ、その甘美さはあらゆる喜びを超える。なぜなら彼女は太陽よりも美しく、あらゆる星の配列の光と比べても、それに先立つと見出されるからである。それゆえ、ラケルの抱擁のみを切望する者たちが、なぜ皆レアとの結婚をこれほどまでに忌み嫌うのかを問わなければならない。完全な正義は我々に、敵を愛し、両親とすべての所有物を後にし、加えられる不当な扱いを忍耐強く耐え、至る所で与えられる栄光を辞退することを命じている。しかし、この世を愛する者たちにとって、これ以上愚かで労苦に満ちたと思われるものが何であろうか。それゆえ彼らによって、レアは目のかすんだ者と見なされ、労苦に満ちたものと考えられるのである。

第二に、同じ著者はさらにその先で、これら二人のヤコブの妻を象徴的にもう一つの仕方で説明している。彼は言う、あらゆる理性的な霊、すなわちヤコブには、二つの能力が与えられている。一つは理性、もう一つは情意である。理性によって我々は識別し、情意によって我々は愛する。これらが理性的霊の二人の妻であり、彼女らから高貴な子孫が生まれる。理性からは霊的洞察が、もう一方からは正しく秩序づけられた情意が生まれる。それゆえ知るべきである。情意は、正義の規範に従って自らを整えようと努めるときに真にレアとなり始める。また理性は、真の知恵の光に照らされるとき、疑いなくラケルと呼ばれる。しかし一方がいかに労苦に満ち、もう一方がいかに快いかを、誰が知らないだろうか。確かに、魂の情意を許されないことから許されることへと抑制することは、大きな努力なしにはなされず、そのような妻が正しくレア、すなわち労苦する者と呼ばれるのである。しかし、至高の知恵の観想へと心の目を上げることより、何が快いであろうか。これを観想するために理性が広げられるとき、それはラケルという名前で栄えさせられるにふさわしい。なぜならラケルは「始まりを見る者」と解釈されるからである。

同様に、我々のピネダは『ソロモン注解』第1巻第4章で次のように述べている。ヤコブとラケルは賢者と知恵の象徴である。それゆえ、ヤコブがラケルを愛したように、ソロモンは知恵を愛した。彼はこれを十九の類比によって美しく示し、展開している。


第三十一節:彼はレアを軽んじた

31. 彼はレアを軽んじた ― ヘブライ語、カルデア語、およびギリシア語では「彼はレアを憎んだ」とある。すなわちヤコブがラケルに比べてレアを愛することが少なかったので、ラケルと比較してレアを憎んでいるかのように見えた。それゆえこの憎しみは積極的なものではなく、消極的なもの、すなわち愛の不足であり、それはレアが目のかすんだ者で容貌が劣り、また欺きによって彼女がラケルの身代わりになったことから生じたものである。このようなヘブライ語法と誇張表現は、マタイ10:37、ヨハネ12:25、その他にも見られる。

彼は彼女の胎を開かれた ― すなわち彼女に子孫を与えて、彼女を実り多い者とされた。反対に胎を閉じるとは、不妊にすることである。

ここで注目すべきは、神がその賜物をいかに分配されるかということである。すなわち、いくつかのものをすべての人に与えるが、すべてのものを一人に与えることはない。このようにしてラケルには美しさを与えたが、多産を与えなかった。レアには美しさを拒んだが、より大きなもの、すなわち多産を与え、しかも彼女の系統から、すなわちユダから、キリストが生まれるようになさった。また、ここで注目すべきは、多産は神の特別な賜物であるということである。


第三十二節:ルベン

32. ルベン ― ヘブライ語では reuben、すなわち「子を見よ」の意である。その子を神は、私が夫から軽んじられていたときに、憐れみの目で私を顧みて与えてくださった。これはレアが付け加えている言葉の意味でもある。「主は私の屈辱を顧みられた」、ヘブライ語では onii、すなわち私の卑しさと苦しみである。至福の乙女マリアもこれを参照して次のように歌った。「主はそのはしための謙遜」(tapeinosin、すなわち低さ、卑しさ、屈辱)「を顧みられた」。なぜなら主は私に子を与えられた、ルベンではなくイエス・キリストを。それゆえ彼女は自分の謙遜の徳を宣言しているのではない。そうであれば傲慢となっていたであろう。むしろ自らの卑しさを認め、告白しているのであり、これこそまさに謙遜の行為であった。神はこれを愛し、顧み、高く上げ給う。

それゆえ「悪魔は、謙遜で神を愛する者ほど憎むものはない」と聖大アントニオスは言っている。これは聖アタナシウスの記録に見られる。同じ聖人はある幻において、世が悪霊の罠で満ちているのを見て尋ねた。「主よ、誰がそれらを逃れるでしょうか」。主は答えられた。「謙遜」。

母親たちはレアの敬虔と感謝を心に留め、模範とすべきである。彼女は神から彼女に与えられた恩恵、すなわちその子孫を、その子孫自身の名の中に永遠の記念として立てた。それは、子を見て名を呼ぶたびに、自分に向けられた神の恩恵を思い起こし感謝するためであり、また子自身も分別のつく年齢に達したときに同じことをするためであった。このようにハンナはそのサムエルを神に捧げ奉納し、彼をサムエル、すなわち「神に願い求められ、そして得られた者」と呼んだ。サムエル記上1:26にある通りである。このように至福の乙女マリアはその御子を捧げ、彼をイエスと呼んだ。このように聖ベルナルドゥスの母は、彼が生まれたばかりのときに彼を捧げ、教会の祭壇の上に置いた。同じくハンガリーの王の娘、聖エリサベトは、その子どもたちの一人一人が生まれたばかりのときに同じことをするのを常とした。それゆえ彼らは皆、敬虔で聖なる者となった。そのことは彼女の『伝記』が伝えている。このように至福の乙女マリア、洗礼者ヨハネ、ナジアンゾスの聖グレゴリウス、聖ドミニコ、聖ボナヴェントゥラ、聖ベルナルディヌス、トレンティヌスの聖ニコラオス、聖エルゼアリウス伯、パオラの聖フランシスコ、その他の人々は、生まれたまさにそのときに両親によって神に捧げられ、その聖性と奇跡において卓越した者となった。


第三十三節:シメオン

33. 軽んじられている ― ヘブライ語、カルデア語、および七十人訳では「私は憎まれている」とある。すなわち、第三十一節で述べたように、愛されることが少ないという意味である。

シメオン ― 「シメオン」は「聞くこと」あるいは「聴従」と同じ意味であり、語根 shama、すなわち「彼は聞いた、聴従した」から来ている。すなわち神は私の苦しみと私の祈りを聞かれた、という意味である。


第三十四節:レビ

34. レビ ― 彼はすべてのレビ人の先祖である。留意すべきは、「レビ」は「結合」「一致」「付加」「愛着」と同じ意味であるということである。それはあたかも次のように言うかのようである。「私は今や夫のために三人の息子を産むことによって加えた。それゆえ今後、彼はいっそう大きな愛をもって私と結ばれ、私に愛着するであろう」。


第三十五節:ユダ

35. ユダ ― ヘブライ語で「ユダ」は「告白」あるいは「賛美」と同じ意味である。


ヤコブの年代記

ここでヤコブの年齢の順序に注目すべきである。ヤコブはエサウから逃れて、その人生の77歳のときにハランのラバンのもとに到着した。これは第二十七章で述べた通りである。その初めに、ラバンに仕えた七年間の後、彼はレアとラケルを妻とする。すなわちその人生の84歳のときである。それから間もなく、多産のレアから、結婚後の最初の年のうちに、見たところヤコブの人生の85歳のときに、ルベンが彼に生まれ、次に86年にシメオン、間もなく87年にレビ、最後に88年にユダが生まれる。ここでヤコブの貞潔の顕著な模範を観察せよ。彼はその人生の84歳まで独身を通し、そしてそのときに初めて妻を迎えたのである。


寓意的解釈:十二の使徒としての十二族長

寓意的には、十二族長は十二使徒の予型であった。第二に、ヤコブには多くの息子がいたが、一人の妻からではなかった。同様にキリストにも多くの息子がいたが、一つの民や地域からではなかった。第三に、ヤコブには自由の身の女と仕え女との両者が妻としてあり、彼女たちから息子たちを得る。同様にキリストにも真の牧者と雇い人がいる。そして主は彼らをも容認されるのであり、それは彼らが主のために子を産むためである。第四に、ヤコブの妻たちはヤコブにより多くの息子を産むことをめぐって互いに競い合った。同様に牧者たちもキリストのために熱心に子を産もうと努める。第五に、ビルハとジルパはヤコブに息子たちを産むが、彼女たち自身は仕え女のままである。同様に雇い人たちは他の人々に善いことを説くが、彼ら自身は雇い人のままであり、しばしば邪悪である。第六に、ヤコブは仕え女から生まれた者たちをも自らの相続財産に加え入れた。そしてキリストは、いかなる種類の生が先立とうとも、主に立ち返るすべての者を受け入れられる。ヨハネ6にいわく、「父が私に与えてくださる者は皆、私のもとに来るであろう。私のもとに来る者を、私は決して追い出さない」。またマタイ8にいわく、「多くの者が東から来て、アブラハムと共に席に着くであろう」、云々。第七に、ヤコブには二人の妻がいた。一人は美しく、もう一人は容貌が劣っていた。キリストの花嫁も内的にはラケルのように美しい。聖霊の恩寵と賜物のゆえにである。しかし外的には容貌が劣っている。十字架と逆境のゆえにである。第八に、レアの容貌の劣りは彼女を害することがなく、かえってそのゆえに彼女はいっそう多産であった。同様に逆境は教会を益し、教会はまさに最も抑圧されているときに、最も多くの実を結ぶのである。