コルネリウス・ア・ラピデ

創世記 第三十一章


目次


序論

ヤコブはその全家族を連れてひそかにハランからカナンへと逃れ、ラバンは彼を追う。ゆえに第二十六節において、双方の間に争いが起こる。そして最後に第四十四節で、ラバンはギレアデにてヤコブと契約を結ぶのである。


ウルガタ本文:創世記31章1-55節

1. さて彼は、ラバンの息子たちが「ヤコブは我らの父のものをすべて取り、父の財産によって富み、名を成せり」と語るのを聞き、2. またラバンの顔色が、昨日や一昨日のごとく自分に対して好意的でないことに気づいた。3. とりわけ主が彼に言われた。「汝の父祖の地、汝の親族のもとに帰れ。我は汝と共にいよう」。4. 彼は人を遣わしてラケルとレアを、群れを牧していた野原に呼び寄せ、5. 彼女らに言った。「わたしはあなたがたの父の顔色を見るに、昨日や一昨日のごとくわたしに対して好意的ではない。しかし、わたしの父の神はわたしと共にいてくださった。6. あなたがたも、わたしが全力をもってあなたがたの父に仕えたことを知っている。7. しかしあなたがたの父はわたしを欺き、わたしの賃金を十度も変えた。それでも神は彼がわたしに害を加えることを許されなかった。8. もし彼が『まだらのものが汝の賃金となる』と言えば、羊は皆まだらの子を産み、逆に『白いものを汝の賃金として取れ』と言えば、群れは皆白いものを産んだ。9. こうして神はあなたがたの父の財産を取り上げ、わたしにお与えになったのである。10. 羊が孕む時期となったとき、わたしは目を上げて夢の中で見た。雄が雌に乗り、まだらで、ぶちで、さまざまな色の模様があるのを。11. そして神の御使いが夢の中でわたしに言われた。『ヤコブよ』。わたしは答えた。『ここにおります』。12. 御使いは言われた。『目を上げて、すべての雄が雌に乗るのを見よ。まだらで、ぶちで、斑点のあるものを。わたしはラバンが汝になしたすべてのことを見た。13. わたしはベテルの神である。そこにて汝は石に油を注ぎ、わたしに誓いを立てた。今こそ起きて、この地より出で、汝の生まれし地に帰れ』」。14. ラケルとレアは答えて言った。「わたしたちの父の家の財産と遺産のうちに、わたしたちに残されたものがあるでしょうか。15. 父はわたしたちを他人のごとく扱い、売り渡して、わたしたちの代価を食い尽くしたのではないでしょうか。16. しかし神はわたしたちの父の富を取り上げて、わたしたちとわたしたちの子らに与えてくださいました。それゆえ神があなたにお命じになったことをすべて行ってください」。17. こうしてヤコブは立ち上がり、子らと妻たちを駱駝に乗せて出発した。18. そして自分のすべての財産と群れ、メソポタミアで獲得したすべてのものを携え、カナンの地にいる父イサクのもとへ向かった。19. そのときラバンは羊の毛を剪りに出かけており、ラケルはその父の偶像を盗んだ。20. またヤコブは自分が逃れることを舅に告げようとしなかった。21. 彼が自分のものすべてとともに出発し、川を渡ってギレアデ山に向かって進んでいたとき、22. 三日目になってヤコブが逃れたとラバンに知らされた。23. ラバンは自分の親族を連れて七日間彼を追いかけ、ギレアデ山で彼に追いついた。24. 彼は夢の中で神が語られるのを見た。「ヤコブに対して荒々しいことを何一つ語らぬよう注意せよ」。25. ヤコブはすでに山に天幕を張っていた。ラバンが親族と共に彼に追いついたとき、同じギレアデ山に天幕を張り、26. ヤコブに言った。「なぜこのようなことをしたのか。わたしの娘たちを剣で捕らえた捕虜のごとくひそかに連れ去るとは。27. なぜわたしに知らせず逃れようとしたのか。わたしが喜びと歌と太鼓と竪琴をもって汝を送ることができるように告げなかったのか。28. 汝はわたしに息子たちや娘たちに口づけさせなかった。汝は愚かなことをした。今やまことに、29. わたしの手には汝に悪をもって報いる力がある。しかし汝の父の神が昨日わたしに言われた。『ヤコブに対して荒々しいことを何一つ語らぬよう注意せよ』。30. 汝が自分の者のもとに行くことを望み、父の家を慕ったのはよい。しかしなぜわたしの神々を盗んだのか」。31. ヤコブは答えた。「わたしはあなたの知らぬうちに立ち去りました。あなたが娘たちを力ずくで奪い取るのを恐れたからです。32. しかしあなたが神々の盗みについてわたしを責めることについては、あなたの神々を見つけた者がいれば、われらの親族の前で殺されてよいのです。あなたのものでわたしの所にあるものを探し、取り去ってください」。こう言ったとき、彼はラケルが偶像を盗んだことを知らなかった。33. そこでラバンはヤコブの天幕、レアの天幕、二人の侍女の天幕に入ったが、何も見つけなかった。彼がラケルの天幕に入ったとき、34. 彼女は急いで偶像を駱駝の鞍敷きの下に隠し、その上に座った。そして天幕のすべてを探しても何も見つけない彼に、35. 彼女は言った。「わが主よ、お怒りにならないでください。わたしは今あなたの前に立ち上がることができません。女の習わしが今わたしに臨んでいるからです」。こうして探す者の熱意はくじかれた。36. ヤコブは怒りに燃えて、非難をもって言った。「わたしのどのような落ち度、どのような罪のために、かくも激しくわたしを追ってきたのか、37. わたしの家財をすべて探ったのか。あなたの家のあらゆる所有物のうちで、何を見つけたのか。ここにわたしの親族とあなたの親族の前に置け。彼らがわたしとあなたとの間を裁くがよい。38. このためにわたしは二十年、あなたのもとにいたのか。あなたの羊と山羊は子を産まずにいることなく、群れの雄羊をわたしは食わなかった。39. 獣に襲われたものをあなたに見せず、すべての損失を自ら償い、盗まれたものはあなたがわたしに要求した。40. 昼も夜もわたしは暑さと霜に焼かれ、眠りはわたしの目から逃れ去った。41. こうしてわたしは二十年あなたの家で仕え、十四年はあなたの娘たちのために、六年は群れのためであった。あなたはまたわたしの賃金を十度変えた。42. もしわたしの父アブラハムの神、イサクの畏れがわたしと共にいてくださらなかったなら、あなたは今、わたしを手ぶらで去らせていたであろう。神はわたしの苦しみとわたしの手の労苦をご覧になり、昨日あなたを叱責されたのである」。43. ラバンは彼に答えた。「娘たちはわたしのもの、子らもわたしのもの、汝の群れもわたしのもの、汝が見るものすべてわたしのものである。わたしが自分の娘たちと孫たちに何ができようか。44. さあ来て、契約を結ぼう。それがわたしと汝との間の証しとなるように」。45. こうしてヤコブは石を取って、それを柱として立てた。46. そして親族たちに言った。「石を集めよ」。彼らは集めて塚を築き、その上で食事をした。47. これをラバンは「証人の塚」と呼び、ヤコブは「証しの積み重ね」と呼んだ。それぞれ自分の言語の習わしに従ってである。48. そしてラバンは言った。「この塚が今日、わたしと汝との間の証しとなる」。ゆえにその名は「ギレアデ」、すなわち「証人の塚」と呼ばれた。49. 「われらが互いに離れたとき、主がわれらの間を見守り、裁いてくださるように。50. もし汝がわたしの娘たちを苦しめたり、彼女らの上に他の妻を迎えたりするならば、われらの契約の証人は神を除いては誰もおらず、神は共におられ見ておられる」。51. 彼はまたヤコブに言った。「見よ、この塚と、わたしが汝との間に立てたこの石とを。52. これが証しとなるように。この塚と、わたしが言うに、この石とが、証しのためにあるように。わたしがこれを越えて汝のもとに来ることなく、また汝がわたしに害を企ててこれを越えて行くこともないように。53. アブラハムの神、ナホルの神、彼らの父の神が、われらの間を裁いてくださるように」。こうしてヤコブは父イサクの畏れによって誓った。54. そして山でいけにえを捧げ、親族たちを呼んでパンを食した。彼らは食した後、そこに留まった。55. ラバンは夜起きて、息子たちと娘たちに口づけし、彼らを祝福して、自分の所に帰った。


第一節:彼は取った

1. 彼は取った。——ヘブライ語では לקח lacach、すなわち「彼は受け取った」または「彼は盗んだ」である。これは中傷である。というのは、嫉妬によって彼らはヤコブを盗みの罪で告発し、実は彼の正当な賃金であり、神から彼に与えられた富であったものを盗みと呼んでいるからである。


第三節:そして私はあなたと共にいよう

3. そして私はあなたと共にいよう。——聖アンブロシウスは言う。「万物の充満、すなわち大洋そのものである神がともにいてくださる者に、何が欠けることがあろうか」。


第七節:彼は私の賃金を十度変えた

7. 彼は私の賃金を十度変えた。——「十」とは、すなわち多数を意味し、確定した数が不確定な数の代わりに用いられているのである。というのは、十という数は多数と完全を意味するからである。オリゲネス、エウセビオス、ディオドロス、プロコピウスはこう言っている。このようにしばしば、富める者は貧しき者に対して、自分の利益にかなう限りにおいてのほかは、合意も約束も守らぬ仕方で振る舞うのである。ゆえにテレンティウスはこう言っている。「わたしはあなたがたのあの言葉を知っている——『欲する、欲せぬ。欲せぬ、欲する——今しがた決めたことが、無効となるように』と」

第二に、正確に文字どおりに言えば、ラバンはヤコブとの契約と賃金を十度変えたのである。というのは、ヤコブは第四十一節で同じことをラバンに対して非難しているからである。第四十一節が示すように、ヤコブはラバンに二十年仕えた。すなわち二人の妻のために十四年、群れと羊のために六年である。さて羊は年に二度子を産み、そのたびに神の特別な摂理によって、ヤコブは契約に従って富を増した。これを見たラバンは、そのたびに契約を破棄し変えたのである。ゆえに五年間で彼は十度契約を変えた。それゆえ六年目に、ヤコブはこの変更に疲れ果てて逃れたのである。七十人訳は「十度」の代わりに deka amnon「十匹の子羊」と訳している。すなわち子羊が生まれた十回のことであると、ある者たちは言う。というのはウェルギリウスはこう言っているからである。「いくらかの時が経って、わが王国を見るとき、わたしは穀物の穂を驚きをもって見るであろう」と。穀物の穂によって収穫を意味し、収穫によって年月を意味しているのである。聖アウグスティヌスは『問答』第九十五においてこのように述べている。

しかしより確からしいのは、七十人訳がここで写本の誤りを含んでおり、deka amnon の代わりに deka mnon、すなわち「十ミナ」と読むべきであるということである。というのは、七十人訳はヘブライ語 monim を保持し、それをミナとして解釈しようとしたと見られるからである。エウグビヌスはこう言って、こう述べるかのようである。「十の、すなわち多くの、金のミナによって——大いなる金額によって——汝の父はわたしを欺き、わたしの賃金を変え、覆したのである」と。

比喩的な意味においては、ラバンは世を表している。世はヤコブ、すなわち信仰ある者を苦しめる。世は以前はその者を自分の利益への望みのゆえに愛し引き立てていたが、後にその望みにおいて欺かれたことを見て、そのように苦しめるのである。


第八節:まだらの羊

8. ヘブライ語で עקדים、全身にまだらのある羊は、נקדים、すなわち脚、それも足首だけにまだらのある羊と対比されているように見える。


第十二節:まだらの雄すべてを見よ

12. まだらの雄すべてを見よ。——この幻と象徴によって、御使いはヤコブにさまざまな色の子が生まれることを予告しており、同時に、皮を剥いだ枝を用いてこれを行う方法を彼に教えたように見える。聖書はここではそのことを明示していないが、前章においてすでに全体の叙述を行ったことで満足しているのである。

わたしはラバンが汝になしたすべてのことを見た。——聖ヨハネ・クリソストモスは『説教』第五十七においてこう言っている。「ここから我らは学ぶ。われらに不正がなされ、われらが柔和で、穏やかで、忍耐強いとき、より大いなる、より豊かな神の助けを享けるのである。ゆえに我らを抑圧し、我らを中傷しようとする者に対して戦うことなく、万物の主は我らを軽んじたまわないことを知って、これを気高く忍ぼうではないか。ただし我らが主の慈愛を認めるならばである。なぜなら、『復讐はわたしのもの』と主は言われ、『わたしが報いる』と言われるからである」。


第十三節:ベテルの神

13. ベテルの神。——これは、創世記28にあるように、ベテルで梯子に寄り添って汝に現れた神である。

そして汝は誓いを立てた。——神はヤコブの誓いを思い起こさせておられる。それは誓いが神に受け入れられたこと、そしてそれゆえに神がヤコブを祝福し富ませたことを示すため、また誓いを続けて果たすよう彼に思い起こさせるためである。


第十四節:我らに何かあるか

14. 我らに何かあるか。——父はわれらを実質的に廃嫡したのではないか。第一に、われらを持参金なしに妻としてあなたに与えたことによって。第二に、われらを妻として買い取った代価の全て、すなわちあなたの十四年間の奉仕の労苦を自分のものとしたことによってである。こうして父はわれらを、父がなすべきように持参金を与えて結婚させたというよりは、むしろ奴隷商人のごとくわれらを売り飛ばしたように見えるのである。


第十七節:子らを乗せて

17. 子らを乗せて。——というのは子らは幼かったからである。長男ルベンは十三歳、末子ヨセフは六歳であった。

比喩的な意味においては、ここから次のことを学ぶがよい。すなわち、妬みが起こるとき、義しい人はこれを避けるべきである。争いの中に留まるよりは、争うことなくして去る方がよいと、聖アンブロシウスは『ヤコブについて』第二巻第五章で言っている。また神はこの世において、ご自身の民が逆境、中傷、追放によって苦しめられるのを許される。それは彼らが天の故郷を慕うようになるためであると、ルペルトゥスは言う。なぜなら、ここでわれらに迫る悪は、われらを神のもとへ向かうよう強いるからである。


第十八節:父イサクのもとへ

18. 父イサクのもとへ。——ヤコブはそこへ向かっていたのであるが、道の途中でおよそ十年を費やし、シケムとベテルに滞在した。アブレンシスはこう述べている。


第十九節:彼女は偶像を盗んだ

19. 彼女は偶像を盗んだ。——なぜラケルはこれを行ったのか、と問う者があろう。第一に、アベン・エズラはこう答える。彼女が父の偶像を盗んだのは、父がそれらに伺いを立てたり、その観察によって占ったりすることで、ヤコブとその家族がどの道で去り逃れたかを知ることができないようにするためであった。こうして父が追跡できないようにしたのである。

第二に、聖バシリウス(『箴言註解』の冒頭において)、ナジアンゾスの聖グレゴリウス(『説教』第二『過越について』)、テオドレトス、そしてペレリウスは、彼女がこれを行ったのは父から偶像崇拝の機会を取り除くためであったと考えている。

第三に、よりありそうな説として、聖ヨハネ・クリソストモス(『説教』第五十七)、ゲンナディウス、ルペルトゥス、カイェタヌス、オレアスターは次のように考えている。すなわち彼女は偶像を、父のものとしてではなく、むしろ自分の家の神々として持ち去ったのである。彼女はそれらに執着しており、それらから幸いな旅路とすべての良きものを期待していた。というのは彼女の父ラバンとその家の者たち、したがってラケル自身もまた、まことの神と並んで、民の習わしに従って偶像を拝していたからである。これは創世記35:2から明らかで、そこでついにヤコブはこれらの偶像を取り除いた。

第四に、ラケルがこれらの偶像を盗んだのは、それらが貴重であったから、すなわち金でできていたからである。こうして彼女は金を盗んだ——すなわちひそかに持ち去った——が、これは正当であった。なぜならそれは彼女の持参金として、また夫に当然支払われるべき賃金としてであった。ペレリウスはこう言っている。

偶像。——ヘブライ語では תרפים theraphim であり、これは人間の像、すなわち人間の形をもつ像を意味する。これはサムエル記上19:13から明らかである。それゆえアクイラはこれを morphomata、すなわち「形象」と訳し、カルデア訳は「像」と訳している。

第二に、theraphim という名称は、用法上、悪霊の働きによって託宣を与える像に特に適用されるようになった。これは士師記18:18から明らかである。それゆえ翻訳者たちは概してこれを「偶像」と訳している。七十人訳、我らの訳者、その他の者たち、さらにはカルヴァン自身もそうである。ゆえに同じカルヴァンが愚かにも次のように言っている。「テラフィムはパピスト派が所有しているような像である」と。しかしパピスト派は、ラバンがこれらのテラフィムを所有し崇拝したように、像を偶像として、あるいは神々として所有し崇拝してはいない。これは第三十節から明らかである。テラフィムについては、士師記18でさらに詳しく論じる。


第二十節:彼は告げようとしなかった

20. そして彼は告げようとしなかった。——ヘブライ語では「ヤコブはラバンの心を盗んだ」と読む。すなわち心とは、ラバンの心臓のごとくであり、彼が自分の心のように愛していた富のことであると、リポマヌスは言う。

しかしわたしは、これはヘブライ語法であると言う。「彼はラバンの心を盗んだ」、すなわちラバンの知らぬうちに、気づかぬうちに、ひそかに隠れて逃れたということである。あたかも彼がラバンの心——すなわち知識と認識——を取り去ったかのようである。それゆえカルデア訳は「彼は隠した」と訳し、七十人訳は「彼は隠れた」と訳している。こうしてセネカは『アガメムノン』においてこう言っている。「兄よ、わたしは衣をもって汝の顔を盗もう」——「盗もう」とは、すなわち「隠そう」の意である。

カイェタヌスはさらに次のように付け加えている。ラバンは心の中で、ヤコブがハランで獲得した富をそこから持ち出すことを許さぬと決めていた。ゆえに第四十二節でヤコブは彼にこう言っている。「あなたは今、わたしを手ぶらで去らせていたであろう」。そしてヤコブがひそかに去ることによってこのラバンの企みを無効にしたゆえに、彼はラバンの心を、すなわちその計画が隠されていた心を盗み、それをひそかに携え去ったと言われているのである。これは換喩である。


第二十一節:川を渡って

21. 川を渡って——すなわちハランとメソポタミアを取り巻くユーフラテス川をである。ヤコブはこれをユダヤ人が装うような奇跡によってではなく、普通の舟によって行ったのである。


第二十三節:ギレアデ山にて

23. ギレアデ山にて——これは後に第四十八節においてギレアデと呼ばれた山である。これは前言法である。ギレアデについては、アドリコミウスの『聖地』を参照せよ。


第二十五節:親族たち

25. 親族たち——すなわち親戚、僕たち、同郷の者たちの強力な一団である。


第二十六節:なぜこのようなことをしたのか

26. 彼(ラバン)はヤコブに言った。なぜこのようなことをしたのか。——ここでラバンの言葉の中に、再び世の性格を見よ。第一に、彼は自分自身の背信によって義人に逃れる理由を与えたと知っていながら、これを隠し、すべての咎を義人に負わせている。自分の過ちを詫び、義人と和解すべきであったにもかかわらず、かえって彼を告発している。このように世は自らの罪を隠し、すべての咎を敬虔な者に負わせるのである。このようにアハブはエリヤをイスラエルを悩ます者と告発したが、不敬な王自身が自らの罪によって諸々の悪の原因だったのである。第二に、ラバンは敵であったにもかかわらず、友であるふりをしている。「わたしがあなたを送ることができるように」と彼は言う、「喜びと歌をもって」云々。このように世は、ある仕方で語り、別の仕方で考えるのである。二心ある者に災いあれ。第三に、「なぜわたしの神々を盗んだのか」と言うことで、彼は自分の不敬と愚かさを露わにしている。偶像を崇拝することは不敬であり、それを神々と呼ぶことは愚かである。なぜなら神々は自分自身を盗人から守ることすらできないからである。第四に、彼は言う。「汝は愚かなことをした」。このように世にとっては、敬虔な者のなすことすべてが愚かに見えるのである。義人は迫害されて故郷を求めたときに愚かなことをしたのではない。むしろ世こそ、天の故郷を侮ることで愚かなことをしているのである。第五に、「わたしの手には汝に悪をもって報いる力がある」と言うのは傲慢である。このように世は常に自らの力を頼むが、神に対しては何もなしえないことを知っているのである。「その傲慢は」とイザヤ書(第十六章)は言う、「その力よりも大なり」。しかし最後には、好むと好まざるとにかかわらず、彼は真理を認めざるをえない。すなわち、自分が主によって抑え留められていることを告白せざるをえないのである。それゆえ聖ヨハネ・クリソストモスは『説教』第五十七において、神がいかにヤコブと他の義人たちを守られるかを多くの例によって示している。神は荒々しい人々を馴らすのみならず、野獣そのものをも手なずけて、彼らを害させないようにされるのである。「というのは神の手は」と彼は言う、「あらゆるものより強力であり、それは我らをあらゆる側から堅くし、我らを無敵とするからである。これはこの義人においても示された。なぜならヤコブを捕らえ、その逃亡に対して罰を与えようとしてかくも激しく荒れ狂っていた者が、彼に対して荒々しい言葉を何一つ語らないばかりか、父が子に語るがごとく、優しく彼に語りかけているからである。『何をしたのか。なぜひそかに去ったのか』と。見よ、いかに大いなる変化よ。見よ、獣のごとく荒れ狂っていた者が、今や羊の柔和さを模倣しているではないか」。

わたしの知らぬうちに。——ヘブライ語では再び「汝はわたしの心を盗んだ」と読む。これについては第二十節で述べたとおりである。

剣で捕らえた捕虜のごとく——すなわち戦いで捕らえられ、それゆえ奴隷や下女のごとくに。


第二十八節:私の息子たち

28. わたしの息子たち——すなわち娘たちから生まれた孫たちである。


第三十二節:あなたが私の所で見つけるものを探せ

32.あなたのもので私の所に見つけるものはどれでも探し、持ち去るがよい。——神秘的意味において、聖アンブロシウス(『ヤコブについて』第二巻、第五章)は言う。「ラバンが彼のもとに来た——すなわち『白くされた者』、つまりサタンである(サタンもまた光の天使に姿を変えるからである)——そして自分のものを返すように求め始めた。ヤコブは答えた。『私はあなたのものを何も持っていない。もしあなたが自分の悪徳や罪のいずれかを認めるなら探してみよ。私はあなたの欺きの何一つも持ち去ってはおらず、あなたの狡知のいかなるものにも与ってはいない。私はあなたのすべてのものを伝染病のごとく避けてきたのである』。そしてラバンは探したが、自分のものを何も見つけなかった。敵がそこに自分のものと呼べるものを何一つ見いださず、悪魔がそこに自分のものと認めうるものを何一つ見いださない者は、なんと幸いであろうか。これは人間においては不可能と思われるが、しかし彼は福音書においてこう語られた御方の予型を担っていたのである。すなわち、『この世の君が来る。しかし彼は私のうちに何も見いださないであろう』と。なぜなら、悪魔に属するものは何であれ無に等しく、永続性も実体も持ちえないからである」と。


第三十四節:鞍敷きの下に

34.鞍敷きの下に——すなわち駄鞍の下に。ラケルは自分が乗り慣れていたラクダの鞍の上に腰かけていた。その鞍は夜のために彼女の天幕に置かれており、ある種の椅子あるいはより快適な長椅子のように用いられていた。これらの鞍は通常、クッションやその他の装飾が備えられているからである。さらに、家の神々の像は小さなものであって(ウェルギリウス『アエネイス』2:716を参照)、それゆえにそのようなラクダの鞍の中に容易に隠しうるものであった。


第三十五節:女の習わしに従って

35.女の習わしに従って——いわば次のように言うがごとくである。私は月経の流れに苦しんでおり、それゆえ弱さのために起き上がることができない、と。


第三十六節:怒りに燃えて

36.怒りに燃えて——正当な怒りと憤りに燃えて、普段はきわめて柔和な人であったヤコブがそうしたのである。傷つけられた忍耐は激情へと変わるからである。


第三十九節:獣に襲われたものを見せなかった

39.獣に襲われたものを私はあなたに見せなかった。——牧夫の法はこうである。もし家畜が牧夫の落ち度なしに野獣によって殺されたなら、所有者に何らかの残り部分を見せることによって、牧夫は責任から免れる。なぜなら、各々のものはその所有者の損失において滅ぶのであって、守護者の過失が介在する場合を除いてはそうだからである。しかし過酷で不正なラバンはこの法を守らず、ヤコブに過失のみならず偶発事による損失まで負わせようとしたのである。これこそヤコブが彼を責めて言うところである。すなわち、「盗難によって失われたものは何であれ、あなたはそれを私に要求した」と。さもなくば、牧夫の法によれば、牧夫は狼や熊などに奪い取られた羊を救い出し、できる限り羊を守る義務を負う。そして怠慢であれば、盗まれた羊の弁償を義務づけられる。そうしてダビデは、羊を飼っていたとき、羊を襲ったライオンと熊を殺した(サムエル記上17:34)。まして神は、牧者たちに対して、その怠慢によって魂が悪魔に奪い取られ真っ逆さまに突き落とされるのを許すならば、牧者が任されているその魂を責任として問われるのである。エゼキエルが第三章十七節およびエゼキエル書34全体で教えるとおりである。同じ判断が君主や役人にも当てはまる。彼らは民の安全、身体、財産を守る義務を負うからである。それゆえ、人々の保護と守護のために絶え間なく警戒することが彼らの務めである。「君主の配慮は」とセネカは言う、「各人の安全のために目を覚ましているのである」。カエサルもそのような君主であった。同じセネカが『人生の短さについて』の書の中で彼について語って言う。「彼の勤勉がすべての人の家を守り、その労苦がすべての人の安逸を確保し、その精励がすべての人の楽しみを備え、その仕事がすべての人の休暇を保証した」と。プラトンもまた、君主がそうあるべきことを『法律』第七巻において望んでいる。


第四十節:私は暑さと霜に焼かれた

40.私は暑さと霜に焼かれた。——ある者たちは誤って「私は焼き焦がされた」と読んでいる。というのは、熱と同様に寒さもまた焼くからである。すなわち、刺し、苦しめ、干からびさせるのであり、ヘブライ語が示すように、אכלני achalani、つまり「それは私を喰らい、私を呑み尽くし、私を害した」のである。ヒエロニムス・マギウスは『雑集』第一巻、第十七章において物理的原因を示している。そして詩人は言う、「山の雪は燃えていた」と。またタキトゥスは『年代記』第十五巻において、「多くの者の手足は寒さの力によって焼かれた」と述べる。聖バシリウス(『四十殉教者講話』)は言う。「寒さによって、彼らはまったく焦がされた」と。そしてシラ書は北風について語って(43章23節)、「それは荒野を焼き、青草を消す」、すなわち「火のごとくに」と言う。それゆえにpruina〔霜〕はperurendo〔焼き尽くすこと〕から来ると言われるのである。というのも、それは草や作物を焼くからであるとフェストゥスは言う。東方における昼の暑さが焼けつくようであるのと同様に、夜の寒さもまた激しく危険であり、通例、露の降りる夜明け前に生じる。このことは、かの地方を旅したすべての人々が証言している。

そして眠りが逃げ去った。——夜羊の群れを見張り続けることは、善き牧者の務めである。それならば、神の羊を養う司教や牧者は、いかに目覚めていなければならないであろうか、と聖ダマスス(書簡第四)は言う。ゆえにヤコブは善き家令の原型であって、アリストテレスは『エコノミクス』の中でそのような者を次のように描写している。「主人は家僕より先に起き、後に床につくのがふさわしい。また、必要なときに町を守られないままにしないのと同じように、昼も夜も家を守られないままにしないのがふさわしい。夜明け前に起きることは、健康のため、家の管理のため、そして哲学の追求のためにも最も有益である」と。同じくカトー(『農業論』第五章)およびキケロ(『占いについて』第二巻)は、農場管理人に次の戒めを与える。「彼が寝床から起きるのは最初、床につくのは最後であれ」と。クセノフォンは『エコノミクス』の中で、ある外国人が、何が馬を元気で活発に保つかと問われたとき、「主人の目」と答えたと報告している。ラケダイモンの王アゲシラオスは自分の眠りを治める術を心得ており、クセノフォンによれば、眠りを主人としてではなく、自分の仕事における従属者として用いた。そうして牧者たちは見張っていたのであって、彼らにこそ御使によってキリストの降誕が最初に告げ知らされたのである。そうしてパウロはテモテに言う、「しかし、あなたは見張り、すべてにおいて労せよ」と。そうして異教徒たちは、善き牧者をアルゴスになぞらえる。アルゴスは全身が目である牧者、まさに四方八方を目で満たされた牧者であった。ホメロスは『イリアス』第二巻において、神々の神ユピテルが、神々も人々も眠っている間に、眠らずしていかにアキレウスを高めるかを考えていたと歌う。まことの神についても、ダビデは詩編121においてこう歌う、「見よ、イスラエルを守る者は、まどろむこともなく、眠ることもない」と。ペルシアの王には侍従が一人いて、朝、王を起こすときにこう言った。「起きたまえ、王よ。メソロマスデス」——あなたの神——「が配慮を望みたもうた事どもに従事したまえ」と。プルタルコスが『君主の教育について』の書において証人である。ゆえに、ホメロスが先の箇所で言うのは正しい。「民がゆだねられ、かくも多くの事どもを処理すべき助言者が、夜を通して眠りこむのは似つかわしくない」と。

もしそれゆえ「死すべき者の生は不寝番である」ならば、なおさら君主や高位聖職者の生は不寝番であるべきである。そうして聖ドミニコは夜、不寝番のごとく祈り、兄弟たちのすべての部屋と住居を巡り歩いたのである。まことに清らかさは女性に似つかわしく、労苦は男性に似つかわしい。この理由から、ヤコブは労苦の模範として聖グレゴリウス(『エゼキエル講話』第十五)によって正しく立てられており、彼はヤコブがこれによって第三十二章における天使との格闘での勝利を値したと言う。「いかにして労苦に耐ええる強さが得られるか」と彼は言う。「ヤコブを思い起こそう。彼は人に懸命に仕えることを学んだ後、格闘する天使にも勝たれることのないほどの徳にまで達したのである」と。


第四十一節:十度

41.十度。——ヨセフスは、ラバンが契約を破り、契約によってヤコブに所有すべきものとされていたすでに生まれた優れた仔を取り去ったと主張している。しかし彼は誤っている。なぜなら、その場合ヤコブはこれほどに裕福になりえなかったはずだからである。それゆえオリゲネス、エウセビオス、そして聖ヒエロニムスはより正しく判断している。すなわち、ラバンは将来のために契約を十度変え、すでに生まれてヤコブのものとなった仔のうち、自分にとって有利と見たものを自分のために要求したのである、と。


第四十二節:イサクの畏れ

42.もし我が父アブラハムの神、そしてイサクの畏れが私と共におられなかったならば。——人は問うかもしれない、「イサクの畏れ」とは何であるかと。第一に、アベン・エズラとカイェタヌスは答える。それはイサクが神を畏れ、崇拝し、敬った畏れと敬意である、と。いわば次のように言うがごとくである。すなわち、イサクがその子ヤコブのために神に祈った、その畏れ——つまり敬虔、敬意、献身——の功徳によって、ヤコブはラバンから解放され、繁栄したのである、と。この聖人たちの畏れは、宗教と敬意の行為であって、神への愛から生じる。まことにそれは愛徳の行為であり、あるときは命じられ、あるときは進んで引き出されるものである。というのは、聖人たちは至高に神を愛するがゆえに、神を怒らせることを至高に恐れ、神を至高に崇拝し敬うからである。

第二に、他の者たちは考える。この畏れは、ヤコブがその父イサクを敬い、恐れ、敬った敬意であった、と。なぜなら、父イサクに対するこの敬意と子としての敬虔によって、ヤコブは神の前に解放され、神によって守られることに値したからである。

第三に、そして真正の意味では、アブラハムの神であったその神が、イサクの畏れと呼ばれているのである。いわば次のように言うがごとくである。すなわち、アブラハムが崇拝し、イサクが至高の神性、至高の威厳として畏れ敬ったその神、と。そうしてイザヤは(第八章十三節において)神をイスラエルの戦慄と恐れと呼んでおり、イスラエル人は畏れと恐れをもって神を崇拝し敬ったのである。

それゆえここでの「畏れ」は換喩的に、畏れの対象、すなわち神を意味するものとして取られている。そうして異教徒たちはユピテルを人々の畏れと呼んだのである。人々は彼を証人、裁き手、復讐者として恐れ、「その神性をかけて誓い、それを欺くことを恐れる」のである。実際、ヤコブは第五十三節において、父イサクの畏れにかけて誓ったのであり、ちょうどラバンがアブラハムの神とナホルの神にかけて誓ったのと同様である。そうして詩編においても神は「私の希望」、「私の忍耐」と呼ばれる。すなわち、私が希望を置く方、そのために私が苦しむ方、という意味である。テオドレトス、カルデア人、そして聖アウグスティヌスはそう語っている。

昨日あなたを叱責された——すなわち、彼があなたに現れて、私に対して何も厳しいことを言ったりしたりしないように警告されたときのことである。第二十九節を見よ。


第四十三節:私に何ができようか

43.私に何ができようか。——いわば次のように言うがごとくである。すなわち、父としての愛情と慈しみは、私が自分の娘たちや孫たちを害することを許さない、と。ヘブライ語はそのように読むからである。しかし我らの翻訳者は「息子たちと孫たち」と訳している。ここでの「と」は「すなわち」の意味である。なぜなら、ラバンは孫たちを息子たちと呼んでいるからであって、というのも彼はちょうどヤコブに「息子たち、群れ、そしてあなたが見るすべてのものは私のものである」と言ったばかりだからである。すなわち、彼らは祖父であり最初の所有者である自分から出ているという意味においてである。


第四十四節:それが証しとなるように

44.それが証しとなるように——すなわち、我らの間に結ばれた契約の記念として。


第四十五節:柱として

45.柱として——しるしと記念碑として。「柱」という語については、創世記28:18において語られたことを見よ。


第四十六節:塚

46.塚——長く、広く、平らな積み重ねのこと。なぜなら、彼らはあたかも食卓の上でのごとく、その上で食事をしたからである。


第四十七節:証人の塚

47.ラバンはこれを証人の塚と呼び、ヤコブは証しの積み重ねと呼んだ。おのおのが自分の言語の特性に従ったのである。——ヤコブとラバンはこの塚に、意味と実体においては同じ名を、しかし音と言語においては異なる名を付けたのである。というのは、シリア人ラバンはそれをシリア語でיגר שהדותא iegar sahaduta、すなわち「証しの積み重ねあるいは塚」と呼び、しかしヘブライ人ヤコブはそれをヘブライ語でגלעד galed、すなわち「証人の塚」と呼んだからである。というのも、galは「塚」を、edは「証人」を意味するからである。さて実体においては、「証しの塚」は「証人の塚」と同じである。なぜなら、石が証人でありうるのは、それが何かの証しとして建てられ置かれる場合以外にはありえないからである。あるいはまた、写字生の不注意によってここで名が入れ替わっている可能性もあって、「証人」が「証し」に代わりに置かれ、その逆もまた同様である。というのは、厳密かつ正確には、ラバンはこの塚をiegar sahaduta、すなわち「証しの塚」と呼び、ヤコブはそれをgaled、すなわち「証人の積み重ねあるいは塚」と呼んだからである。それゆえ、この塚はヤコブとラバンとの間に結ばれた契約の証しとして建てられたから、そこからギレアデ、すなわち「証人の塚」と呼ばれ、さらにその山自体、町、そして地域全体もギレアデあるいはギレアディティスと呼ばれたのである。


第四十八節:その名はギレアデと呼ばれた

48.その名はギレアデと呼ばれた、すなわち証人の塚である。——ヘブライ語には「ギレアデ」とのみあるが、我らの翻訳者は「すなわち証人の塚」と加えて、ヘブライ語の名ギレアデを説明しているのである。ヘブライ語はさらに「そしてミツパ」、すなわち「そして見張りの塔」と加えている。なぜなら、ラバンが「主が見張り、見渡し、我らの間を裁きたまわんことを」と言ったからである。それゆえこの塚には二つの名が付けられた。第一にガレド、すなわち「証人の塚」、第二にミツパ、すなわち「見張りの塔」、あるいは七十人訳が訳すところのhe horasis、すなわち「視界」である。いわば、ラバンが次のように言っているかのごとくである。すなわち、ヤコブよ、私は今後あなたとあなたの事どもを見張ることができないであろう。私は立ち去り、あなたから分かたれるからである。それゆえ、神を畏れよ。この我らの契約と誓いの見張り人であり、我らのいずれかがそれを破るならば、裁き復讐される御方である。すなわち、「見張り人は上に立ち、我らのすべての日々、我らの行いを、朝の光から夕べに至るまで見守っている」と。これが我らのミツパである。


第五十一節:私が立てた石

51.私が立てた石——上述の塚の一方の側、メソポタミアに向かう側に、ラバンは自分の石を立てた。他方の側、カナンに向かう側に、ヤコブは別の石、自分のものを立てた。これら二つの石は、いわば柱と境界標とであって、いずれの側も他方を害するためにそれを越えることが許されなかったのである。


第五十三節:アブラハムの神とナホルの神

53.アブラハムの神とナホルの神、彼らの父の神が、我らの間を裁きたまわんことを——すなわちテラの神が。テラはアブラハムとナホルの父であった。

注意せよ。ラバンはアブラハムのまことの神と共に、父ナホルの偶像をも崇拝していた。それゆえ彼は両者の共通の曾祖父、すなわちテラの神々をも、両者にとって先祖伝来の神々として加えているのである。というのは、テラはカルデアにおいてアブラハムと共にまことの神を崇拝していたが、ハランにおいてはナホルと共に偶像を崇拝していたからである。このことは創世記11の終わりに述べたとおりである。しかしヤコブはこれらを拒絶し、ただイサクの畏れのみ、すなわちイサクとアブラハムが畏れ崇拝した神のみにかけて誓うのである。第四十二節において語られたことを見よ。

注意せよ。ヤコブがラバンから誓いを受けることが許されたのと同様に、いかなる信者にとっても、たとえその不信者が偽りの神々にかけて誓うと知っていたとしても、不信者から誓いを受けること、実に必要のあるときそれを要求することは許される。ちょうど、必要のあるときには、利子の条件付きでしか貸さないと知っている者から借金を求めることが許されるのと同様である。というのは、後者の場合、ただ借金のみを求め、利子はただ許容し容認するだけであるのと同様に、前者の場合もまた、ただ誓いのみを求め、それが偽りの神々にかけて行われることはただ許容し容認するだけであって、しかもこれは正当な理由、すなわち必要性ゆえに行われるからである。


第五十四節:いけにえを捧げて

54.そしていけにえを捧げて——すなわち、舅ラバンとの間に結ばれた平和、和解、契約のために捧げられた和解のいけにえのことである。そしてそれによって、同じ神がそれを彼のために保ち、強め、永続させてくださるようにとの思いからであった。

55.夜のうちに——すなわち朝早くに、彼は祝宴を備えた。それゆえ、これらのいけにえの獣によってヤコブは結ばれた平和について神に感謝を捧げ、同時に神がそれを保ち、強め、永続させてくださることを願ったのである。

自分の場所へ——すなわちハランへ。